2007年 エインズワースさん宅のイースターから

エインズワースさん宅のイースターは、自称旦那様のアイオロスさんの優しい呼びかけで始まります。
「エセル…イースター・バニーがやって来たぞ?」
白い紗の天蓋を抜けて、少し高めの日差しが柔らかく他称奥様のエセルさんの白い肌や銀色の髪を柔らかく照らしています。
「…エセル? もう少し寝るか?」
額に掛かる癖のある銀色の髪をそっと払ってやりながら、アイオロスさんは白磁の額に朝のご挨拶を贈ります。
「……今、何時…?」
「もうそろそろ11時ってところかな」
エセルさんだけにしか見せない、とびきりの柔らかな笑顔を浮かべて、今度はアイオロスさんはエセルさんの瞼と鼻先と、それから最後に唇にキスをしました。少し長めのキスが終わる頃、エセルさんの頬は薄っすら桜色に染まっていました。アイオロスさんが、そんなエセルさんにじんわりと笑みを返しながらエセルさんの頭を優しく撫でます。エセルさんは、少し恥ずかしそうに小さく笑いましたが、それでも幸せそうに大きな手で頭を撫でてもらう事を楽しみます。
「昨日、辛かったか?」
昨晩はお二人の飼いうさぎのうちの一匹が突然病気にかかってから初めて仲良くベッドで過ごしたので、アイオロスさんはそれを心配したのです。
「大丈夫。少し、だるいけれど…」
そもそも毎年、イースターの前は、いつもより多めにアイオロスさんは頑張って、朝、エセルさんが寝ている間に色々とイースターならではお楽しみを実行に移しているので、年中行事のけだるさとも言えましょう。それでも、ちょっと久しぶりだったので、エセルさんもつい夢中になってしまったので、それは、ちょっと思い出すと恥ずかしいのでした。
「飯、出来てるぞ? ここで食べるか?」
「君がここで食べるなら」
「じゃあ、待ってろ」
ちゅっ、とエセルさんの口元にキスをして、アイオロスさんは足取りも軽くキッチンへと向かいます。エセルさんは、ゆっくりと上体を起こしてアイオロスさんがベッドの上にきちんと畳んで置いていったガウンを手にとりました。まだ上手く体に力が入らないので、ゆっくり手を伸ばして、掴み、引き寄せて、ほっ、と溜息を付いた所でアイオロスさんがカラチャカチャという音と一緒にまた部屋に入ってきました。
アイオロスさんは、エセルさんがガウンを着ようとしているのを見て取ると、すばやくお盆をベッドサイドに置いて、丁寧にエセルさんに羽織らせてあげます。その間に、5つものキスをエセルさんの顔や頭に贈り、最後にはエセルさんの左手を取って薬指の先にキスを2つ、落としました。
お盆の上には、イチゴとキウイとバナナを切った上にヨーグルトを掛けてさらにベリーのジャムを載せたガラスの丸い器に、オレンジジュース、ミルクと紅茶、トーストとそれ用のバターとジャム、トマトとクレソンの入ったスクランブルエッグと、チーズオムレツ、等が、エセルさんの食に合わせてこじんまりと綺麗に盛り付けられています。
「君の分は?」
「俺はもう食った。だから、これはお前の分。ゆっくり食っていいぞ?」
食べさせてやろうか? というアイオロスさんの申し出を謝辞してエセルさんはアイオロスさんの言葉に甘えてゆっくりとオレンジジュースを二口飲み、トーストにバターをちょっと付けて齧り、スクランブルエッグをスプーンにのせて口に運びます。このスクランブルエッグは、アイオロスさんの得意料理の一つで、牛乳と卵と塩・胡椒の割合が絶妙でふわふわなのです。これはエセルさんが真似しようとしても真似が出来ない、エセルさんの大好きな料理でもあります。
「エセル、これ、一口」
エセルさんの隣に腰を下ろしてベッドの支柱に持たれかけながら、片方の腕をエセルさんの肩に回していたアイオロスさんが、フルーツとヨーグルトの入った器を指差します。エセルさんは笑いながら、スプーンにそれを掬うとアイオロスさんの口に差し出します。アイオロスさんの口が、エセルさんの差し出したスプーンに近づいて、ぱくん、と一口で口の中に収めて、顎が動いて…じっ、とその動きを見ていたエセルさんの唇にアイオロスさんの唇が重なっていたのはいつだったでしょうか。結局、少しのエネルギー補給したエセルさんは、もう一度白いシーツの海に沈んでいきました。

 

「今年は40個隠したからな♪ 頑張って探せよ?」
午後の紅茶の時間に、ようやっとシャワーを終えて居間に姿を現したエセルさんに、新聞を片手にしたアイオロスさんがにっこりと笑っていいます。毎年毎年、よく飽きずに続くなぁ…、と思いながら、エセルさんは陽気の良くなった近日、取り残しがあっては大変とクッションの下から、本棚の裏、キッチンの棚の奥とバスケットを片手にくるくると動きます。卵は、先月にエセルさんが模様を書いていたものを冷凍して取っていたようです。その上に、油性のマジックでアイオロスさんが一言ずつメッセージを書いています。嬉しくてにっこり笑ったり、恥ずかしくて赤くなったりとしながら、なんとかアパートの中を隈なく探して37個。部屋を出て、郵便ポストを覗いて38個(この卵が郵便配達員の眼に触れなくて良かった、とエセルさんは胸を撫で下ろしました)。駐車場まで行って車の中に2個(後部座席の下とダッシュボードの底)。これで全部揃った、と胸を撫で下ろして、ふとエセルさんは奇妙な事に気付きました。先週末に一杯にしていたガソリンが、もう殆ど残っていないのです。それに…
「確か、あの時、卵は7ダースは在ったように思うのだけれど…残りはどうしたんだろう…?」
丁度そこへ、アイオロスさんが夕飯の希望を取りにやって来て、エセルさんの思考はストップしてしまいました。
大事な人の名前を付けたうさぎが、なんとか危機を脱して元気に走るようになった事、昨晩と今朝の余韻が残っている上に、とても優しくてもう今日だけで100回近く「love you」と言ってくれているアイオロスさんに、ちょっとエセルさんの頭にも春が訪れていたのでした。

 

これが、私が見たエインズワースさん宅のイースターの一幕です。