2007年 フェアファックスさん宅でのオオカミとそれが喚起した願望の話(後編)

今日は随分念入りだな……。

カミュ・バーロウは自分の上に覆いかぶさり、首に唇を押し付けている恋人の金髪を撫でながら思っていた。
先月の滞在の折、自分がイタリアに住むのであれば新しい家を探す、と恋人に宣言したところ、青い目を零れんばかりに見開いて、どうしてここじゃダメなんだと食い下がってきた。
その後も、ここでいいじゃないかと熱心に口説かれ、イギリスに戻ってからも、メールやスカイプで事あるごとにの件の是非を訴えてくる。
はっきり言って、この恋人の直訴、真面目に聞いていなかった。
どう 考えてもここは狭い。自分も作品を造るのに場所が必要だ。
強情を張っても、強い態度をとっても、それで彼との関係は変わらないと、やっと最近自信が持ててきた。
人目にどう映ろうと、やはり自分は彼との関係がいつまで続くのか不安だったのだ、と振り返って思う。
見ないように、気付かないようにしてきたが、いつも不安だった。
純粋に、迷いなく自分を愛していると言い、セックスまでしていても、いつか彼は別の誰かとの人生を歩き始めるのではないのかと、心のどこかで覚悟をしていた。
10年以上もの時を経て、やっと、両思いだ、と心から思えると言ったら、彼はきっと傷付いた顔をするのだろうけれど……。

耳たぶを少し齧られ、温かい舌が中を濡らす。
小さく声を上げて、金色の渦に指を差し入れて撫でるように髪を梳く。
耳の上の淵を齧られる。そして、ぎゅっと抱きしめられる。彼の頭が自分の頭部に押し付けられる。
そういえば、昔から指で頭皮を撫でられるのに弱かったな……。
ただ撫でているだけなのに、とてもうっとりした表情を浮かべる。おとなしくなる。頭をすりよせてくる。
動物と一緒??
と、一瞬いやな事を考え、裸でこんな事をしている今の自分の現状を鑑みて苦笑する。
これが、動物的な事でなくてなんだろう、と。
摺り寄せられている金色の頭を抱き寄せて唇を彼の額に落とすと、本当に嬉しそうに笑って彼も自分の顔にキスの雨を降らせる。
彼の腕が背中を移動して腰に辿り着く。
少し、腰を浮かせると、そこに腕が入り込み、しっかりと抱きかかえられる。
そして、顔に集中していたキスが、今度は胸に下りて、彼の左手が彼の唇の代わりというように、頬や鼻、唇を辿る。

セックスをしている時、人は獣に近いという人がある。
だから、猛々しく荒々しくなると。
けれど、彼のセックスはそんな熱とは遠く、いつも気が遠くなるほどの甘やかさばかりがある。
いつだったか、あまりこちらに気を使わなくてもいいのだと、さり気無く言った事がある。
けれど、その時彼は、とてもきょとんとした顔をして……むしろ自分が居たたまれない思いをした。
彼が、本当に自分の事が好きで、自分の体に触れることが嬉しくてたまらないのだと、身を持って納得出来たのは、つい最近のこと。
それが納得できてからは、あまり焦らずに、自分の体は彼の好きなようにさせるようにしている。
時々、焦らせれているのではないか、と疑心を抱く事もあるが、それでも彼が自分の全てが好きでたまらないというのはよく理解出来たから、それだけでいいと思うようにしている。

顔を辿っていた長い指のうち、親指が唇に触れた。それを舐めると少しその親指が震えて、それから口の中に入ってくる。
軽く噛んで、舐めて、また甘く噛む。小さく彼の声が漏れて少し満たされる。
指が、離れていった。
胸にあった唇の熱も引いて、内臓の上を滑った後、分かり切った場所に辿り着く。
さっきまで自分が噛んでいた親指が、今度は胸を弾いている。
捕らえられている性器が熱い。エレクトに付随して反応する腰は、しっかりと彼の腕に捕らえられている。
短く、鼻に抜けていく声を幾度も上げる。それでも、彼はまだ熱心に性器を舐めていて……次に自分の取る行動を迷う。
ようやく彼のもう一つの腕が下半身に下りて、体の中に入ってくるまでどれだけ待っただろう。
いい加減頭がぼうっとしていて、そんなに気を使われなくても痛みなど感じないのに、几帳面に中で動く指。
どんなにこちらが誘っても、これだけは譲れないらしく、指が一定の数まで入り込むまで彼自身はここに訪れない。時々、ここまででもうたまらなくなっている事があるから、自分をうまくコンとロールする事が大変だ。
ようやく、彼の体が自分の体と繋がって、色々と体の堪えが利かなくなる。
だれかの冷かしが聞こえてきそうだけれど、我慢が効かないのは自分の方で、つい彼を追い立ててしまう。
それでも彼が気を害するなどという事はないのだが……。
好きにさせてやりたい、と思う気持ちとの矛盾……。
嵐のような、激しい交情ではないから、その分一つ一つの彼の動作が記憶に残っていて、やっと上りつめた後も眩暈が残る。

本当に、今日はどうしたのだろう?
息を整えようとする自分を、彼はやさしく宥めながら待ち、 十分にタイミングを計ってから甘く口付けてきた。
思わず彼の波打つ髪に指を差し入れて、唇にもっと押し付けたくなるようなキスを。
息をついた後も何度か口付けを交わし、半分放心していると、耳に、彼の唇がかかり、扇情的な刺激が届く。
思わず声を上げると、
「カミュ……、」
と呼ばれる。何? と返すと、
「お願いがあるんだけど……」
こんな時に、どんな「お願い」だろう? とよく回らない頭で珍しくも思い、少し、期待もした。
「……あのさ、家なんだけど……やっぱりここに住もうよ……」

…………貴様!!

一気に夢見心地から目が覚めた。
ああ、そうかっ! その一言のために、いままでの布石があったな?! どうも丁寧過ぎると思っていたんだ!
色事で人を説得しようなどと、そういうふうに智恵が付いた事は褒めてやるが、気に入らない!
途端に頭が忙しく回り始め、一つの答えを弾き出す。
一呼吸してから、恋人の首に腕を絡ませ、指で髪を梳いてやりながら接吻をしてやり、耳元で体位の変更を願う。
彼がベッドに背を預けるような形で前座位を取り、今度は自分が彼の顔にキスの雨を降らせる。
なるべくうっとりとした表情を浮かべて彼の唇を塞ぎ、十分舌を絡めてからゆっくりと腰を揺らし、揺らしながら口付けを深める。
彼の手が、いとおしそうに自分の頭を撫で、肩を撫で、背中を撫でながら腰を辿る
少し、感じた。
唇を外して、そのまま彼の耳元に寄せて掠れた声で囁く。
「新しい家を探そう……愛してるから……」
と吐息を吹き込み、ピアスの刺さった耳を舐る。
その耳が、既に赤く染まっているのは、確認すべくもなく……。

馬鹿め。
色仕掛けとはこうするんだ。