色々と肩身の狭い思いが続いている。
打ち明けた方が良いだろうか、と思いつつ、今年もどうやらカミュに話さずに終わってしまいそうだ。
カミュが頑張って働いてくれている事が分かっているのでどうにも切り出せないでいるのだが……。
やっぱりもう少し仕事頑張って増やそう……。
11月のハロウィンを過ぎると、世界は途端にクリスマス一色に染まり始める。
12月に入った途端、こっちでは真面目に仕事する気分がピューと飛んでいってプレゼントやカードの事ばかりが心を支配し始める。
色々と、済まさなきゃならない義理も勤めもあるってカミュが帰ってからこっち、睡眠時間は削られる一方だ。
それでも、まだ、心の中にカミュの歌声が響いていて、それが自分の気持ちを奮い立たせる。
二十年前には、彼の声は一生あの懐かしい同級生のものだと失望し、羨望、嫉妬と人生の中で始めて負の感情を誰かに対して抱くことになった。
絶対に、カミュの全部は自分のものにならないと、本当に度し難い独占欲でもって自分自身がペチャンコになるような気分をずっと味わってきた。
時々、カミュが好きなのと独り占めにしたいのとどっちが強い感情なのか分からなくなる時がある。
カミュが好きだと思っている時、カミュの事を考えるのは幸せで、彼を自分の物だけにしたいと考えるとき、カミュの事を考えるのは辛い。
ふうっと溜息を付いてパソコン画面の下に表示されている日付を確認する。
もう2時を回っている。
後もう少し。後一年頑張れば、何とかこの二重生活にも終止符を打てる。
一緒に住み始めたら直ぐにバレてしまうだろう隠し事……。白状したら、カミュは何と言うだろう……。
冷めたグリップコーヒーをちびちびと飲みながら、外を見る。ローマの空はロンドンの空のように細長い。微かに瞬く星が夏より冴え冴えとしていて今は確かに冬だと知らしめる。
もう何度頭の中で再生したか分からない映像を、また流す。
野外ステージの舞台によじ登ったカミュ。
あんなカミュを見たのは久しぶりだな。
ふ、と唇が持ち上がり目が細くなる。
カミュは外ではきっちりとしたがるのに……。あの時は、何が起こったのか、仕事がまだ片付いて居なかったのか、先に帰っていろと言われるのか、頭がぐるぐるしてしまって、ただただカミュを見ているしか出来なかった。
うん。
突然、「十九年前のリクエストにお答えして」なんて言われた時には心底何のことか分からず首を捻った。
そして流れて来た柔らかなバリトンに、どんなに自分が救われたかなんてカミュには分からないんだろうなぁ……。
もちろん、あの時の声とは違う。
でも、やっぱり柔らかく、高く……空から吸い上げられるように、地上から立ち上って消えて行く声。
オレがポールに適わない、と思ったのは、カミュが本当に心の底からポールに自分の声を捧げて彼を支えたいと祈るように必死に思っていた事を知っていたからだ。
ポールにはそれが必要だったと頭では分かっていても、それもオレに寄越せと欲しがって欲しがって手の付けられない聞き分けの無さが、自分でも恥ずかしいし情けないけれど、小さな棘になって思い出の中に刺さっていたのは否定出来ない。
でも、カミュの歌をそれこそ十九年ぶりに聴いて分かった。
そんなの、どうでもいいくらい、もう沢山のものをオレはカミュから貰っているじゃないかって。
ほんと、我ながら情けなくて涙が出てきた。
カミュが、彼の人生の中で、どれだけ自分に与え続けてくれてきたか、突然頭の中で弾けて、しっかり見えた。
膝が笑ってしまった。
ホントに、ホントに、自分はなんてバカなんだろうと心からそう思った。
多分、カミュから植物が水を与えられるように沢山のものを注がれているんだ。自分は。
注がれて、注ぎ返せて、花を咲かせて、その花がカミュを喜ばせたらどんなに嬉しいだろう。
失ったと、永遠に満たされないと思い込んでいたパーツがすっと一撫でされて塞がってしまったような、けれど今まで欠けていたと思っていた穴からあったかいものが次々と溢れてくるような、笑いたくて泣きたくてしかたない、じっとしていられない、そんな何かが体の中を駆け巡った。
今も、思い返すとどうしょうもない熱に体が包まれる。
舞台で一礼して飛び降りたカミュを力一杯抱きしめた。
カミュを抱き締めるのが好きだ。
カミュにキスするのだが好きだ。
カミュが生きている事が好きだ。
カミュの音楽が、それを生み出すカミュが、どうしようもなく愛しくて、なんで自分がこの人と一緒に生きていられるのか分からなくなるくらい離し難い。
変態呼ばわりしてオレの事を非難していた親父も、カミュが回し返してくれた腕を見て黙った。
今月中旬には、例年のロスとシュラとカミュのバンドに飛び入り参加するべくまたロンドンに飛ぶ。
そして、クリスマスにはまた我侭を言ってカミュに来てくれる事を願った。
貰ったものを、どうか全部注ぎ返せますように。
そして、カミュに大事にされている自分という存在が、カミュにとって良いものになりますように、神様は知らないけれど、明日の自分に願って、キーボードにまた指を走らせる。