光陰矢の如し、というが、いやいや、いくらなんでもそこまで早くねぇよ、とずっと思ってた。
しかし、百目鬼と暮らすようになって、時間はどんどん早く過ぎるようになっている、と思う。
そのうち、矢どころか、銃弾も超えちまうんじゃねぇか。
春に百目鬼がやたら増やした薔薇の木だとか、職場からアホほどもらってきたトマトだとか、どう考えても今の畑面積には収まらんと結論し、今年はかなり耕作面積を増やした。
増えたからなんとかなるかと思っていたが、案の定、夏には最早どこから手をつけたらいいのかわからんジャングルに育っていた。
とはいえ、今年は雨がいい感じに降ってくれたので、ほとんど水やりもせずに大量の野菜が収穫できた。
まぁ、ぶっちゃけ、買った畑用の土だの肥料代だのを考えると、グロッサリーストアで買った方が安いんだが、やっぱ自家製は味の濃さが違う。
日本では収穫の秋、という言葉があるが、こっちでは断然収穫の季節は夏だ。
もちろん、広大なコーン畑や小麦畑を持ってる、とかいうなら話は別だが。
日照時間が長い7月〜8月末にかけて、植物という植物が大慌てで子孫を残そうとしている感が半端ない。
なんというか、花も野菜も、「必死」という言葉が一番しっくりくる気がする。
で、つい出来心で、単焦点のマクロレンズを買ってしまった……。
庭にカメラを持ち出しては、寝そべったりかがみ込んだりして写真を撮っていると、いつのまにか百目鬼が後ろに立っていて、こちらを眺めていたりする。なんだよ、というと、「いや、別に」と呟いて顔を逸らす。
「春には食えないものにやる水はない、と言っていましたよね。……気に入ってもらえてよかったです」
「そーゆーお前は、あんまし最近庭いじりしてねぇな。春の虫がつくころは随分熱心に面倒みてたくせに。もう飽きたのかよ」
「……いえ。……花を見ているあなたの横顔を見たくて、沢山植えたので。もう目的は達しました」
……あっそ。
だいたいのものは夏が盛りとはいえ、秋がメインのものもある。庭に生えている古い林檎の木は、今が収穫時期だ。
今年は春にかなり摘果したんだが、実がつきすぎた。
6月ごろ、葉がちぢれてきたのを心配して業者に土壌改良を頼んだんだが、そうしたらやたら元気になってコレだ……。
で、実の重みのせいで、枝が裂けた。冬がくる前に植木屋がきて手当してくれる予定だが、ホンット果樹難しいなー。
リスがまた実を齧り始めたので、週末に収穫を決行する。
普通は、食うための林檎の木はこんなに背を高くしない。実まで手が届かなくなるからだ。
仕方がないので、庭をはさんだ向かいのご主人に、ご主人のじーさんから教わったという高い枝の実をとる方法を教えてもらう。
なんか、こーゆー長い棒の先に空き缶をくくりつけて、実を缶の中に入れて、思い切り突き上げるとポロッととれる、という。
で、言われた通りやってみた。
結論をいうと、完熟していまにも落ちそうなやつはこれで取れるんだが、まだそこまでじゃないやつは、実がついている枝ごと折れる。
2年前には横倒しになり、今年は枝が裂けた老木にそういうストレスを加えるのはどうかと思うので、ここはやはり脚立の登場だろう。
で、脚立に乗って実をもぎ始めたら、百目鬼が慌てて駆け寄ってきて、「俺がやります」と言う。
「いや、なんかお前、今日はやることあんじゃねぇの?」
「それは夜でもできるので。危ないですから、俺がやります」
「大丈夫だって……っ……と!」
不安定な足場の上で体を捻ったら、足元がぐらついて脚立が倒れた。
百目鬼が咄嗟に抱き抱えてくれたので、転ばずには済んだが。
「ほら! だから危ないって……!」
「お前が後ろから話しかけるからだろ!」
「俺がやりますから!」
「お前だって危ねぇのは同じだろ……んんんっ!」
黙れとばかりに、口を塞がれた。
……コイツ、なんか年々、生意気になってねぇか⁉️
百目鬼の馬鹿力に羽交締めにされて身動きもできず、諦めて両腕を背中に回した百目鬼の肩越しに、ちらりと見えた光景。
右隣のご老人が、自宅のデッキで優雅にコーヒーを飲みながら、こちらを楽しそうに眺めていた。
……そんな、「若いモンはいいねぇ」みたいな視線で見んな!!
結局、3段の脚立では百目鬼のデカさをもってしても上まで手が届かず、8フィートの屋根まで届く脚立も動員して、脚立の一段目に俺が座って重しになり、百目鬼が登ってほとんどの実を摘果した。
すでにもうかなり鳥やリスに食われていて、あと1週間待ったら食えるのほとんどなかったな、と実感する。
百目鬼は「思ったよりも少ないですね」とか呟いていたが、コレ、皮剥いてアップルソースにするだけでも鍋5〜6杯分はあんぞ?
大量の林檎を眺めているうちに、そういや、林檎、食わなきゃよかった、と思った日もあったな、なんて思い出した。
どうせ食うなら、このくらい食えばよかったのだ。
そうすれば、腹一杯になって、チガウ世界も見えたのになぁ、と、今更過ぎた過去を振り返って可笑しくなる。
「取り敢えず、齧られてるヤツと傷がついたヤツは今日中に調理しねぇとな……」
「隣とか向かいには?」
「もういくらか持っていった。味は悪くねぇと思うけど、ほぼ全部虫食ってっし、そんなに沢山貰っても困るだろうしな……」
「では、またしばらく、あなたの林檎料理が食べられるんですね」
「お前、去年はもう飽きたとか言ってなかったっけ?」
「言ってません!!!」
その、食事が甘過ぎるのは苦手です、とは言いましたが、別に林檎のことでは、とかモゴモゴ言っている。
よーし、言ったな?!
そんじゃ、今日は林檎料理だからな? 覚悟しろ!
林檎料理その1。
豚肉のワイン煮。
小林カツ代のレシピだ。
材料:
豚ロース:4枚(約2cm厚さ)
りんご:1玉、皮を剥いて四つ割り
レーズン:1/2カップ
ワイン:1カップ+ (あればロゼ)
固形スープ:1個
ベイリーフ:1枚
1)豚肉の油を取り除き、塩胡椒して、熱湯で10分下茹で
……という話だが、豚ロースはうちにはない。というか、こっちの肉は極限まで油を切り落として売られているので、日本の油付き肉の感覚で調理すると大概失敗する。
というわけで、こっちでは骨つきで売られていることもある肋骨の間の肉を使う。
ま、こんなもんだろ。
2)鍋にワイン、固形スープ、ベイリーフ、りんご、レーズンを加えて煮立てる。
ふつふつしてきたら下茹でした豚肉を入れて30分煮る。
途中で水分なくなったらワイン(分量外)投入。
ロゼがねぇから赤と白を半々で足した。
あ、林檎の皮剥くの忘れたわ。
つーか、四つ割り、ってのも最初見落としてて、思いっきり八つ割りの林檎も入ってる。
こっちの林檎は日本のほどでかくねぇから、二つ突っ込んでみた。
これで終わり。メチャクチャ簡単じゃね? さすが小林カツ代。
食うときは林檎をつぶして肉につけて食うらしい。
林檎料理その2。
ビーツと山羊チーズのサラダ。
うちでは定番のGiada de Laurentiisのレシピ。
材料:(4人分、日本人なら8人分)
【ドレッシング】
オリーブオイル : 1/2カップ
ホワイトバルサミコビネガー : 1/3カップ (なければワインビネガーでもアップルビネガーでも)
濃縮冷凍リンゴジュース : 大さじ1 (林檎のすりおろしで代用)
タイム : 小さじ1.5
粗挽きこしょう : 小さじ1/4
塩(岩塩をひいたもの) : 小さじ1/4
にんにく : 2かけ(みじん切り)
【サラダ】
山羊チーズ : 120グラム
ビーツ : 直径5cmほどのものを4個
さやえんどう : 180グラム
バターレタス : ちぎったものを6カップ
ルッコラ : 2カップ
林檎 : 1個(スライス)
塩・胡椒 : 適量
1)ビーツを焼く。
オーブンを220度に予熱。ビーツをアルミホイルにくるんで、50分焼く。
……とかいう話だが、50分とか待ってられっか! という場合は別にフライパンでソテーでも可。
オーブンでじっくり焼いた方が、水分が飛ぶので甘くはなるが。
ちなみに、別にビーツでなくとも、ズッキーニとかカボチャとかでも悪くない。
ビーツが焼き上がる8分前に、サヤエンドウも追加して焼く。これも別にフライパンでソテーでもかまわない。
焼き上がったらこんな感じになるので、厚さ1cmくらいの一口大に切る。
2)焼いてる間にドレッシングを作る。
ドレッシングの材料を全部混ぜる。濃縮冷凍リンゴなんて入手する方が難しいので、鳥がつついたリンゴを丸ごと1個すりおろして投入。
このドレッシングのキモは大量のタイムと刻みニンニクなので、そこは外さない。
本当は生タイムを使うらしいが、ないので乾燥タイムで代用。
塩は、できれば岩塩をひいたものを使った方がいい。
どうもこっちのレシピは、海塩を使うと味が締まらない気がする。
ここに、ダイス状に切った山羊チーズを投入する。
山羊の匂いがダメなら、クリームチーズでも悪くない。
3)全部投入
レタスはこっちではバターレタスというのがあるんだが、別にロメインレタスでも何レタスでもかまわない。
今バターレタスが家にないのでロメインレタスで代用。
ルッコラはあれば風味がよいが、なければないでもOK。
その上に焼いたビーツとサヤエンドウ、スライスした林檎を乗せる。
こいつの上にドレッシングをぶっかければ完成。
てなわけで、晩メシ完成。
相変わらず二人とも炭水化物が食えねぇから、その分サラダが大量になっている。
流石にこの量のサラダは食い切れねぇだろ、と思っていたのだが。
「矢代さん、このサラダすごく美味しいです!!この、ニンニクと、なんだかすーっとする草と、林檎の甘みと、山羊チーズのコクのバランスが絶妙です!」
「すーっとする草、じゃなくてタイムな」
「あと、なんだかゴマの香りがします」
「それはルッコラ。今年うちでも作っただろ」
「……あの辛いやつですか?」
「そうなんだよなぁ。うちのは辛すぎてとても食えなかったが、やっぱ相当若芽でないとと食えねぇんだな」
「……おかわり、いいですか?」
「どーぞ」
まぁ、Giadaのレシピはハズレがないのは知ってる。とくにサラダは、日本人のサラダに対するジョーシキだとか思い込みだとかをブチ壊してくれる逸品揃いだ。
百目鬼はえらく喜んで、結局この大量のサラダをほぼ一人で食ってしまった。
しかし、豚肉の方は少々奴には甘かったらしい(レーズンが半カップも入ってるからな)。
俺はこのくらい甘くてちょうどいいが。
丁度林檎を収穫し終わったところで、ほぼ20日ぶりの雨が降ってきた。
一夜明けた朝の気温は7度。
空の色はもう秋で、赤い実のなくなった林檎の木が寒々しく見える。
すっかり寂しくなったなぁ、とぼやいてから気づいた。
日本人としては、秋といえば食欲の秋、運動の秋、楽しみが満載だ。
だから、夏の終わりを惜しんで、シオシオのひからびたシシトウのように落ち込む現地人の痔持ちが、まったくわからなかったのだ。
少なくとも、1年目は。
……なんだか、急速にコッチの地元民のメンタルに染まってきてねぇか? 俺……。
今週末は、ハロウィンとクリスマスイルミネーションを買いに行きましょう、矢代さん!
はぁぁ?!
ハロウィンはともかく、クリスマスまだ2ヶ月以上先だろ?!
いや、すでに売り場にはウキウキとクリスマスイルミネーションが並んでんのは知ってるが……
オマエいつのまにガッツリ現地人になっちゃったの?!
暗くなってから、沢山明かりがつくと、なんだか冬が待ち遠しくなりませんか?
俺は、冬も好きです。夜が長くなって、あなたといられる時間が増えるので……
それに、クリスマスは特別な季節なので……
……オマエ、クリスチャンだっけ?
いえ。
でも、クリスマスは、あなたが俺を選んで、伴侶になってくれた季節なので……❤️
………………………。
…………あっそ。///