三本の電話

日曜の午後、三本の電話があった。
(正確には午前中にも一件あったが、ベッドルームにいて取り損ねた……)


最初の電話は、洗濯をしていてベルに気付くのが遅れ、十回ほど呼び鈴が鳴ってから取り上げると、相手はサガ先輩だった。
暫く出なかったので、まだ寝ていると思ったらしい。
「カミュ? ごめん、寝ていた? でも、もし寝ていたら、それはそれで、プチの様子が気になると思って……」
「いえ、洗濯をしていたので音に気付くのが遅れました。すみません。昨日は本当に有り難うございました……プチは、今朝のペレットは完食しましたよ」
「本当に? それはよかった!」
心底ほっとしたようなサガ先輩の声が、受話器の向こうから聞こえてきた。
なんでも、ウサギは環境が変わると全く食べなくなることがあるそうだ。
「昨日は人参も食べましたし、牧草と水も順調に減っているみたいです。昨晩は完全にケージに被いをしていたし、今日も隠れる場所があるように半分はケージを覆うようにしているので、ずっと姿を見ているわけではないですが、今のところ特に怯えたような感じはありません」
「しばらくそんな感じで様子をみてもらえるかな? 早く外に出して遊びたいだろうけれど」
「ええ、少なくとも一週間くらいはそうするつもりです」
これから、ペレットと牧草、運動用のエクササイズ・パンを買いに行くと言うと、エクササイズ・パンは通販で安いものがある、と教えてくれた。ウサギをリビングに放すなら色々配線や絨毯のプロテクトが必要だというので、来週、そういった用品を買いに郊外のホームセンターまで、車で連れて行ってもらえることになった。
 
 
 
ペットショップで草とペレット、トイレ用のシートを買い、帰りに本屋に寄ってサガが勧めてくれたウサギの飼育書を手に入れ、家に戻ったのが午後七時。
留守番電話が四件入っていてびっくりした。
誰からか、とテープの再生ボタンを押した途端に、またベルが鳴った。
「もしもし? カミュ?!」
ミロだ。酷く慌てている。
「どうしたんだ? もしかして、先の四件の電話もミロ?」
「うん、ごめん」
「急ぎなら、携帯に連絡くれれば良かったのに」
「……その……携帯の番号が……。カミュ、こないだ番号変えただろ? それで、まだ覚えていなくって」
「でも、アドレス帳に……あ、ってことは、用件はそれか?」
テーブルの上に投げ出してある携帯電話をとり、ミロの携帯宛に発信してみる。はたして、今時珍しい電話の着信音と同じ呼び出し音が、ベッドルームから聞こえてきた。
「……あるよ。こっちに。」
「良かったぁ!」
受話器の向こうで盛大な溜息が聞こえた。全く、今日一日、携帯なしでまともに仕事が出来たのだろうか。
「取り敢えず、着信履歴はお前からのものしかないみたいだ。明日一番のビジネス便で、そちらに送るよ」
「助かった〜っ!! 着払いでもいいよ? で、宛先なんだけど、大学の方にしてくれる? 午前中はそっちに居るから」
「了解。でも大学のアドレスは知らないから、後でメールしておいてくれ」
「わかった」
 そこで、なんとなく、二人とも黙ってしまった。
 三秒ほど経って、ミロがぽつりと言った。
「……で、カミュ大丈夫?」
 思わず、口元が綻んだ。大丈夫でないのは、寝不足のミロの方だろう。
「こちらはお前が出て行った後も寝直したから大丈夫だよ。プチもいまのところ順調だし。──色々気を遣ってくれて、ありがとう」
 
 
 
三本目の電話は、ミロからの電話を切ったすぐあとにかかってきた。
殆ど間を置かずにかかってきたので、てっきりミロが何か言い忘れてもう一度かけてきたのだと思い込み、取り上げてみると、アイオロス先輩からだった………。
「よ、あれ、役に立ったんだってな?」
いつもの明るい調子で言われて、咄嗟に返す言葉がなかった。
「……どうしてそのことを?」
「昼過ぎにミロから電話がかかってきたんだよ。携帯ウチに忘れてないかって。俺は絶対お前のところに決まってる、と言ったんだがな。そのときに聞いた」
「………一応、お気遣いに感謝します。少々、本当に感謝していいのか自信がなくなってきましたが」
「お前は、どうしてそう可愛くないんだ? プチそっくりだな。似合いだ。折角俺が色々調べて一番いい素材の、これはまあ感触が一番実物に近いという意味だが、安物じゃないヤツをプレゼントしてやったというのにお前はなぁ……」
明らかに作っている、と分かる大袈裟な溜息が聞こえて、「お前もな、少しは自分でも努力して日頃から云々」と説教が始まった。
勿論全て聞く気はないので、「で、用件はなんでしょう」と強引に話をぶった切る。
「まさか、その話だけをするためにかけて来た訳じゃないでしょう?」
「うん? ああ、本題。イタリア別荘の話な。お前んとこのノルマは、2万ポンドだから」
「……は?」
「本当は一人1万ポンドの予定だが、ミロにそんな金が払えるわけがないからな。二人分」
「ちょっと待って下さい!」
「貯金、5万ポンドあるって聞いたぞ。どんな悪どい商売やってるんだ」
「会社勤めと自営業の悲しさで、遊ぶ暇がなかっただけです。第一それは、引っ越し資金と、ミロが買ったピアノのローン返済に充てるお金ですから、そこからは出せません」
「あ、お前、結局ピアノの借金払うつもりでいるのか? ミロが傷つくぞ〜?」
「……無理に払ったりしませんよ。でも何が在るか分からないし、あんなに借金抱えて万が一の事があったら首が回らないでしょう? うちは1万ポンドが限界ですから、それでよろしくお願いします」
 
 
 
電話を切って時計を見ると、既に夜九時を回っていた。
……何だか、一気に疲れた………。
うちの電話機もそろそろ、発信者番号がわかるものに変えた方がいいのか??
(あ、番号だけでは、サガ先輩からかアイオロス先輩からかは分からないのか……)

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