ここの所まめにミロから連絡がくる。
少し前までは音楽に集中すると平気で二、三日は連絡が来なかったりするので(多分そういう事なんだろうと踏んでいるだけで確認はした事はないが)珍しいと言えば珍しい。
で、まめに毎日スカイプで話をしているのは嬉しいけれど、こいつは真面目に練習しているのか? とも思う。なにせ話題は6月からこちらずっとバカンスの事ばかりで……。
(近頃の音楽コンクールでアジアからの入賞者が多いのは、バカンスという制度が無いからなのではないかと思う)
心配しつつも、まあ、話せるのは嬉しいから注意だけは毎回しながら、のらりくらりとミロからのバカンスの誘いは逃げ続けてきたら、一週間程前からデス先輩が居候している……。
本当に、真面目に練習しているのか? と思うが、ミロ曰く完全に生活の場が離れているのでちゃんと練習はしているとの事。
ミロが事務所で仕事をしている時はデス先輩はミロの屋根裏部屋でデータの解析をしているか街中に出ているか。
ミロが屋根裏部屋にいる間はデス先輩が事務所で何かしているらしい。
食事もデス先輩指導の下、毎日まともなものにありついているようだから、良かったと言えば良い組み合わせだと言える。
デス先輩の料理の腕はロンドンのそこら辺のシェフ顔負けだけし、あの人はバランスも考えた料理をするし、何よりミロ好みの「イタリア料理」だ。
少しだけ、自分が何かしてやりたいのにいつもうまく立ち回れないで蚊帳の外に居るような寂寥感を覚えるけれど、それも気にしない事にしている。
だから、「バカンス、バカンス」と馬鹿の一つ覚えのように繰り返して自己管理をおざなりにするようなミロの傍に、今デス先輩が居ることには感謝していた。
今日の、この日までは……。
「カミュ……!!」
スカイプ通話の開口一番に、何だかとても嬉しそうなミロの声がヘッドホンから耳に入った。
「あの、あのさ、あれ、ありがとうっ!!! すっごく嬉しかった!!」
只ならぬ興奮した声の調子に、私は何が何だか分らず眉を潜めた。
二週間前に箱詰めにしておくってやったスコーンの礼も、三週間前に一年分くらいはあると思えるルバーブのジャムを送りつけてやった時の礼も、ちゃんと貰っている。
なんだろう? なんの事だ? と忙しく記憶のページを捲っていると、ミロが少し熱の篭った声で
「俺、なんか、今までちゃんと聞いてたつもりなんだけど、やっぱり俺も普通じゃないから正確には記憶できてなかったんだなって、今回初めて分った……なんか、凄く感動したよ……カミュの声、……」
「は?」
ちょっと、待て!
一体何の話をしているんだ、こいつは?
と思っていたら、後ろからデス先輩の声が掛かった。
「いやー、お前にあんな趣味があるとは思わなかったわ。あんな目が覚めるもん聞かしてもらったのはクイーンズベリで俺が最上級生だった時以来だわ」
は???
ちょ、ちょっと、待て! 本当に、ちょっと待ってくれ! 一体全体、本当に何の話をしているんだ?
私は慌ててミロにwebカメラをオンにしろといった。
少しでも状況を把握したかったからだ。
果たして、パソコンの前に居てこちら(パソコンの画面)を見ているミロの顔は……半分夢見心地で、目はうっとり、飛び跳ねている金髪の上には……花が咲いている状態だった……。
「ミロ……一体何がありがとうなのか、ちゃんと時系列に沿って説明してくれないか……?」
強いて冷静さを保とうと、一度唾を飲み込んでミロに言った。
ミロは、ぽぉーっとした状態のまま、一言ごとに、背筋の凍る出来事を喋り始めた。
「7月のちょっと前くらいに、カミュが送ってくれたCDが届いたんだよ。で、コンポに入れたんだけど、音が出なくて、そのまま忙しくて聞く機会が無かったんだ。
そしたら、デスがこないだ○○△□の新譜を買って来て、それを聞こうとして、カミュのくれたCDを見つけたんだ。
そしたら、その時に、それがCDじゃなくてDVDって気付いて、パソコンに入れたんだ。
それで、でっかいmp3ファイルが見えて、mediaplayerにかけて見たんだけど鳴らなくてさ。なんだろうって首を捻ってたら、デスが仕事で使ってる音声分析用に使うスゲ性能のいいステレオ貸してくれて、二人でそれ繋いでからもう一回聴いてみたんだ。
そしたら、やっとちゃんと聞こえて、それが……!!」
私は、思わず自分のノートパソコンからヘッドホンのジャックを引き抜いた。
液晶の平たい画面の中ではミロがほわほわと幸せ一杯といった表情で何か話していたが、
聞 き た く も 無 い っ!!!
ミロの後ろでニヤニヤと面白そうに笑っているデス先輩の顔を見れば十分だ……。
つまり、聞かれたんだ……あれを……。
頭の中が真っ白になった。
言葉にならない思考が切れ切れに頭の中を迷走している。
パニックだ。……と自覚出来るあたり、まだ完全には自分を見失っていないんだろうか?
もう、半年も前の事だ。
アイオロス先輩の悪戯で(もはやイタズラなどという可愛いものではないと思うが)ミロとの閨房事を無断録音された。
それは、ミロが自分のために企画してくれたサプライズ・バースディ・パーティーの晩の出来事で、色々あって、自分もかなりタガが外れたし、何よりいつもに増して饒舌だったのだ……。
誕生日パーティーの一週間後、CD-Rがアイオロスから贈りつけられ、二時間あまりのその内容に顔から火の出る思いと、それだけではない体の熱を持て余した。
アイオロス先輩は、私を揶揄出来る機会は金を払ってでも買う人間なので、彼は早速ミロに連絡をして私の口から先輩のプレゼントの内容を言わせようとした。
その時には強硬な態度で「今度自宅に来たら聞かせてやる」と言い切り(その頃には忘れていると思っていた)、二ヶ月前のサガの誕生日後に忘れていなかったミロに衆目の中でそれを「聞かせてくれ」とせがまれた。
だから、もう自棄で「捨てた」と言い張り、その話は無かった事にしたのに……。
つい先日、(何度目かの)新婚旅行から帰宅したアイオロス先輩が、楽しげに言った。
「お前、捨てちゃったんだって? アレ。ミロが泣きついてきたから未編集の分送っといてやったぞ」
その顔は、笑顔で、とても楽しそうだった。
ああ、楽しそうだったとも!!
一ヶ月半、ミロからはアイオロス先輩からの「贈り物」について何も言わなかったので、もしかしたら先のアイオロス先輩の言葉は自分をからかいたいだけの空言だったのか、若しくは、流石にミロでもアレを聞いたら素面でその事を口に上らせる事が出来る程人間離れした神経は持っていなかったのだろう、と半分忘れかけていたのだ。
それが、なんで、今頃、しかも、デス先輩まで……!!!
せめて一人でヘッドフォンかイヤフォンで聞いていてくれれば!
(ミロはどちらも持っていない。耳が気持ち悪いのだそうだ……)
と思っても、スカイプが見せるデス先輩の顔が全てを物語っている。
聞かれたんだ……。
自分でも、顔から血の気が引いているのが分る。
しかも、ミロが私からあんなモノが贈られたと勘違いしているという事は、ご丁寧に、アイオロス先輩は私の名前と住所で出したということだ。その上私の筆跡ではないことに気付かなかったということは、わざわざコンピュータでラベルを作って貼ったのだろう。
あのヒマ人が!!!!!!!
自失の一歩手前で、せめてその誤解は正さねばなるまい、と再びヘッドホンのジャックをコンピュータに繋いだとき、デス先輩の瞳が可笑しそうにさらに細くなった。
「おい、キレイなネエちゃんのエロい格好の一つも見えねぇようなもんに延々10時間以上も付き合う程俺は暇でも飢えてもいねぇよ」
10時間以上も在ったのか……
そりゃぁ普通はそんなの真面目に聞かない……
一瞬、聞かれていないようだと安堵すればいいのか、10時間以上ものアレをミロが聞いたという事にうろたえればいいのか分らなかった。
ミロの顔をチラリと見れば、まだ幸せそうに緩んでいる。
「デスのステレオ、すんごく音が良くてさぁ……カミュの声、凄く良く聞こえた……綺麗だった……!」
ありえない事を平気でさらりと口にするミロに、眩暈を通り越して軽く憎しみすら覚える。
どうして、そういう事は二人きりの時に言ってくれないんだ?! と、もう何度思ったか知れない恨み言が喉もとまでせり上がった。
「寝言は、息の根が止まった後に言え。それから、私があんなモノを録るわけもないし、あまつさえお前に送りつけるわけもない。誰がやったかくらい、多少脳味噌使えば簡単に想像がつくだろう」
二人きりであればもう少し可愛げのある言葉が言えるかと自分に問えば、「NO」という答えが見える。けれど、こんなに必死になって顔が赤らむのを堪える必要は無いし、体の熱を持て余すことも無いはずだ。
悔しくて情けなくて、結局自分はまだ呆けた顔をしたミロに当たるしかない。
思い切りきつい視線をミロの顔に差し込んで、「用はそれだけか?」と言いスカイプを切ろうとした。
と、慌てて正気に戻ったミロの言葉がPCから響いた。
「なぁ、カミュ、こっち来ない?」
「何のために?」
「だってバカンスだよ?」
「こっちは夏でも仕事はあるんだ!」
「だからローマに来れば……」
「誰が行くかっ! いいから練習しろっ!」
物欲しげな目で見るんじゃないっ!!
もう切るからなっ、と言ってスカイプのボタンにカーソルを動かしたところ、すっかりしょ気きっているミロの後ろからデス先輩が一言。
「あ、でも、俺、こいつのお気に入りベスト10は聞かせて貰ったから♪」
どの先輩もどの先輩もっっっっっっ!!!!!
スカイプの赤い通話切りボタンを問答無用で押してガックリとデスクの上に肘を突き顔を覆った。
ああいう内容を第三者のいる前で平気で口にするアイツの神経がどうかしている!!
思いつく限りの悪態を脳裏のミロに向かって発して、やり場の無い羞恥心を拡散させる。
後ろを振り返ると、プチが我関せずの態度で満腹になった腹を床にぴったりとくっつけて目を細めて半月型になって伸びていた。
それとも、あれを聞いてあんな風に自分を欲しがってくれたミロに、少しは大人になったと喜んだ方が、人生「得」というものなのだろうか……。
………………。
いや。何が何でも人並みの常識と羞恥心は維持してやる!
これ以上、悪い先輩の毒に染まってたまるか!
この日記は、2009年カミュ誕拍手に掲載された記事に関連します。
カミュ・ルーファス・バーロウの誕生日(前編)
★カミュ・ルーファス・バーロウの誕生日(中編)
カミュ・ルーファス・バーロウの誕生日(後編)