一気に気の重くなった定期連絡だったけれど、あれからデス先輩は会話に入ってくることは無く、なんとか平穏無事に日々を送っていた。
相変わらずミロはバカンスという単語を連発しているけれど、本当にそれには聞く耳持たず、のらりくらりとかわしていると、「イテッ」という声が聞こえた。
「何?」
と聞くと、
「こないだのステレオのお礼に車を出せってデスがしつこかったから、今日の朝早くにローマを出て海まで行って来たんだよ。で、頑張って焼いてきたんだけど、それが痛い」
「…………」
ステレオの礼、という事は絶対に聞かなかった事にして、
「日焼けは火傷と同じだ。初期の対応を甘く見るな。極端に冷たいもので冷やすと後で火照ったりするから、人肌温度のシャワーからじょじょに熱を冷ますようにしろ」
と言ってやった。
すると、
「え? やだよ、そんな、日焼けが落ちちゃうじゃないか!」
……は?
結構な、衝撃が脳に走った気がした。
が、気を取り直して、取り合えず、この衝撃を声に直して相手に伝えて見る事にした。
「ミロ、お前、今なんて言った?」
「え? シャワー浴びたら日焼けが落ちる、って言った」
今直ぐ通話を切ってもいいですか?
いかにも常識、といった風に吐かれた言葉に絶句していると、
「カミュも海に行きたかった? ごめんね」
などという言葉が聞こえる。
「私は、海に行きたいと思っていないし、日焼けは御免だ!」
と言ってから、心を静めてミロに言い聞かせた。
「いいか、ミロ? シャワーで日焼けは落ちたりしない!」
「え! 落ちるよ! みんな知ってるよそんなの!!」
「落ちるかっ!! みんなって誰だっ!」
「みんなって、みんなだよ! あ! なあ、デス!! シャワー浴びたら日焼け落ちるよな?」
「あぁ? 当たり前だ。落ちるに決まってんだろ」
お前ら、全員、馬鹿だろ?!
とは、さすがに上級生もいるこの状態では言えなかった……。
人が唖然と良識の狭間に陥っている間に、スカイプが海の向こうの二人の会話を拾う。
「夏は海に行かなきゃなんないだろ?」
「だがメシ食って数時間なんかで海に入ったら死ぬからな」
「冷たいものを急に飲んでも死ぬんだよな」
「スパークリング・ワインの飲み掛けには瓶の口にスプーン差しておけば炭酸を抜けないんだぜ」
ちょっと待て! イタリア人! 一体なんの話をしているんだ?!!!
「え? 常識だよ、これ」
「常識だ」
…………。
ミロ、お前、パブリックの頃の方が絶対に頭が良かっただろう?
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
シャワーで日焼けが落ちるわけではない。炎症が治まって真っ赤だった肌色が落ち着くだけだ。
夏に海にいかなきゃならないなどという決まりごとは無い。
食べて海に入って死ぬというのは迷信だ。
ワインの口にスプーンを差したところで、空気は抜け放題だ。
以上、頭を冷やせと言ってやったら、二人がかりで猛反発を食らった。
特に、食事をして海に入ると死亡する、という説には、毎年それで人がなくなりテレビのニュースでも注意を呼びかけるそうで…………。
しかもこれらの常識は、長い歴史の中から生まれた「たまたま」科学で立証されていない真実なのだそうで…………。
だ か ら、 イタリア人と仕事をするのは イ ヤ なんだっ。
そんな甘ったれた泣き声出してもだめだっ!!
人を誘いたかったら、シャワーでも浴びて、そのイタリア人の皮を流し落としてから口を開け!!