お見合いその1

カミュからプチのパートナーを探すと連絡があったので、私も何か出来ることがあれば、とHRSのGeorgeの家に行った。


去年あれほど沢山の数のウサギを受け入れたにもかかわらず、今Georgeの家に居る雄は3匹だけだとのことだった。
かつて我が家でもっとも臆病だったプチは、カミュが愛情を注いでくれたお陰で、そっと近づけば頭を撫でさせてくれる程度にはフレンドリーになったらしいのだけれど、知らない場所に連れてこられて全身で警戒を露にしていた。
ウサギ同士の相性をみるときの鉄則は、段階を踏んで少しずつ慣らすことだ。
Georgeが口癖のように言うことは、「A bunny choose a mate」。つまり、人間が選んではいけない、ということで、そのために、何度もお見合いを重ねる。
1回目は、どちらのテリトリーでもない、Georgeの家のキッチンに滑り止めの毛布を敷いて行われた。
「うーん…… Radishかな」
キッチンの隅に置かれた、小さなLitter Box(トイレ)に縮こまって動こうとしないプチを見て、Georgeはそう呟いた。
かくして、連れてこられたのは、黒っぽいまだら、というか不思議な色の毛のウサギだった。
色々な色が混じり合っていて、まるで虎猫のようだ。
「彼はハレクイン種だ」
Georgeはそう言い、フランスで生み出された種類だと説明してくれた。とすればおそらく、10月にひきとったショーラビットのうちの一匹だろう。
随分とクールなウサギで、怯えているプチを見ても大層礼儀正しく、いきなり相手を追いかけ回したりせずに、まずは鼻先を近づけて挨拶をしに行った。
と、その時だ。
プチが目を見開いてひらりとLitter Boxからジャンプし、あろうことか、挨拶をしているRadishの頭を前足で踏みつけて床に飛び降りた……
ああ、とカミュが目を覆った。もう四歳だというのに、プチは身軽だ。
プチはRadishの周りで、まるでトランポリンの上を跳ねているかのようにジャンプを繰り返し、Radishはその目まぐるしい動きにすっかり面食らって動けずにいる。
そういえば、マンゴー(今のロス)が家に来た時も、彼女はそうだった、と思い出していたら、プチは足を滑らせて転び、それに驚いてまたLitter Boxに逃げ帰ってしまった。
プチのパニック具合と、Radishの冷静さがあまりにも対照的だ。
普通、ウサギは相手が興奮するとつられて興奮するものなのに、Radishは本当に落ち着いたウサギだった。
「Petit! 折角彼が挨拶してくれたのに……」
はあ、と溜息をついたカミュに、ジョージがウサギから目をはなさずに言った。
「いや、彼女は誘惑しているんだよ」
「えっ……誘惑、ですか?!」
「うん。少し毛を毟ったけど、本当に少しだけだし、悪くはないね。どちらも攻撃する気配はないし」
「プチはかなりナーバスなウサギなので……慣れるまでに時間がかかるかと」
「そうだな、普通なら2、3回デートすれば相性が分かるけど、これはもう少しかかりそうかな」
正直、我々の目には、どれが上手くいきそうで、どうなると駄目なのか、あまりよく分からない。
勿論、出会った瞬間に取っ組み合いを始めるようなペアは駄目にきまっているが……
マンゴーをつれて帰って来た時(そういえばあの時も雄は三匹しかいなかった)は、えせるが他の二匹に対してマウンティングを繰り返し、雄がすっかり怯えてしまっていた。最後につれて来られたマンゴーだけが彼女に怯えず、フレンドリーな態度だったので、結局彼を迎えることにしたのだけれど……Radishはマンゴーに比べると随分大人しい印象だ。
「Radishはもともと沢山のウサギの中で飼われていたから、ウサギとの付き合い方を心得ているんだ。ウサギでも、多頭飼いに適した性格とそうでないのがいるからね」
ウサギ用の毛布の端に腰を下ろし、二匹の行動を見守ること40分。
Radishは我々にも少しずつ興味を見せ始め、こちらへやってきて様子を伺ったりし始めたが、プチは飼い主のカミュが居るにも関わらず、Litter Boxにしがみついて離れようとしない。
カミュがまた溜息をつき、つい、「いや、彼女は本当に子供の頃からあんな感じだったから」と慰めてしまった。
ウサギも、人間が見ているところでは本音?を出せないらしく、二回目のデートはウサギだけにして人間は遠くから伺うのみ、ということになった。
次は土曜日、と言われて、プチをキャリーに入れ、二人で駅までの道を歩く。
途中、私はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「……ミロから、君と連絡がとれない、と電話があって。勿論、君は年末から年始にかけて、ご家族とフランスの弟さんの家を訪ねていたし、その時は、そんなに気にすることはないんじゃないか、と言ったのだけど……電話の向こうのミロも元気がなかったし……クリスマスに、なにかあったのかい?」
カミュは、ふうっ、と溜息をついて、やや厳しい横顔のまま、言った。
「ミロは何も言わなかったんですね……」
「うん、まあ……私も聞かなかったから」
「クリスマスに、ミロからプロポーズされました」
一瞬、駅に向かう足が止まった。プロポーズ、というのは、つまり、私とアイオロスが去年の五月に結んだようなシビル・パートナーシップを結ぼう、という申し出だろう。
カミュが足をとめないので、私は慌てて後を追った。
「それじゃ、ミロはイタリアを引き上げてイギリスに戻ってくるつもりなのかい?!」
「そのくらいの事を考えてくれていれば、まだ可愛気があるですがね。ミロが今ロンドンに来たところで、収入の道は殆どないでしょう。コネクションは全部ローマにあるのに。つまり、私にローマに来いというつもりだったと思います。ローマで暮らすのにイギリスのパートナーシップを結んで一体何の理があるのか、と思いますが」
男女の結婚と異なり、パートナーシップというのはその国だけのものだ。イタリアに住みイタリアで収入を得ているなら、いくらパートナーシップを結んでいても税の控除はない。
でも、パートナーシップという結びつきに意味を見いだしているのかもしれないし……
そう言おうとした矢先のことだった。カミュが更に歩を速めて言った。
「でも問題はそこではなくて、その数時間後に、振られたんですよ」
……え?!
一瞬、何のことだか分からずに、思考が停止した。
「振られた、って……ミロが、君に?」
「いいえ、私が、ミロに、です」
「……まさか! 何かの誤解じゃ……」
「いいえ。何時間も話し合った結果です。間違えようもない。今のままの私では自分の方から願い下げだ、とはっきり言われました」
まるで出来の悪いソープドラマの筋書きのようだ、と頭がくらくらした。
10月には、ミロのコンクール入賞祝いでアメリカ旅行にも行った。あのとき、二人は本当に仲が良かったのに……。
「カミュ、それはきっとミロに何か考えがあって言ってるんだ。でなければ彼がそんな……」
「その一言以外は、もしかしたらそうなのかも知れない。……でも、あれは違う。ミロが十年以上も見ないようにしていた本音が出たんです。ある意味、可哀想なことをしてしまったのかも知れないい……十年間も、一生懸命、彼は私に対する負い目から気を遣ってくれていたんです。でも、結婚という絆を意識したときに、そこに最早目を潰れなくなった。それだけのことです。……本人は、絶対に認めないでしょうけどね」
そこでTubeの駅についてしまい、私達の会話はそこで途切れてしまった。
「また電話があったら、こちらも忙しいので暫く連絡をとるつもりはない、とミロに言っておいて下さい」と釘を刺されて、パディントン方向にプチと帰ってゆくカミュの背中を見送る。
ミロ……何があったのか知らないけれど、これは電話ではもうどうにもならないと思うよ……?

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