休暇

フリーになって大変な事は色々あるけれど、比較的自由に休暇がとれるようになったのは有り難い。
もっとも、仕事が忙しくなって来たら休みなんて取れなくなるのかもしれないが。


19日に、ミロからローマに遊びに来いと連絡があった。相変わらず唐突だが、折角ミロの方に時間があるなら週末あたり訪ねて行こう、と思った。折しもTVでワールドカップの試合結果が流れてきて、はたと気付いた。
…行くなら、今の方がいい。
イタリアの次の試合は22日、フランスは23日。結果は、見ない方がよさそうだ。
すぐに飛行機のチケットを手配して、仕事に取りかかって、なんとか一段落ついたのが20日の朝8時。フライトは正午だから、十時まで仮眠をとろうか、と考えて、目覚まし時計に手を伸ばしかけた。
…シャワー、浴びておくか。
もう4ヶ月会ってない。もしかしたら、イタリアがアメリカと引き分けたのをまだ引きずっていて、単に話がしたいだけなのかも知れないけれど。
ミロは気が乗ったところで中断されるのを嫌がるから……
出がけにもう一度昨夜のミロの伝言を見て、なんだか酔っているらしいアイオロス先輩が横槍を入れているのに気付く。あんまりにも品がないので、つい反撃したら、真っ昼間だというのにすぐにレスが帰って来た!!
一体平日の昼間に何をやっているんだ、あの人は。
とりあえず、再度反撃して、そのまま家を出た。寝不足なので少々気が立って、迎えに来てくれたミロについ「お前も反撃しろ」と言ってしまった。ミロははなから酔っ払いの戯言と片付けている様子。昔だったら、先輩の言葉というだけで真に受けていたから、それを思えばかなりの進歩だ。
ローマの日差しは目に痛いほど強烈で、思わず目を細めたら、ミロはすかさずサングラスをかけていた。「カミュも買ったら?」と言われたが、普段あまり日に当たっていないので、何となく思う存分この陽気を楽しみたくて、結局買わなかった。実は、これが後にちょっとしたアクシデントを招く結果となったのだが。
昼食は外で食べても良かったけれど、どうも空港から道すがら髪やら肩やらに手を伸ばして来るので、外食は無理だと判断して直接アパートに行こうと持ちかけた。正直、今日はこちらも外で人目を気にしながら食事をする気になれない。ミロがこんな風に接近してくる時は、どのみち食事どころではないし、私の方もそういう気分ではなかった。
結局、アパートに行ってすぐ寝室に移動して、朝まで二人で過ごした(途中、アイオロス先輩の横槍がまたしても入ったが。どうしてあの人はああも大人気がないのか…昼のやりとりの報復なのか何だか知らないが、人の傷口を抉るような真似を……)。一月以降、会えばお互いに歯止めが効かなくて、時間の許す限り抱き合っている。会う前には色々他にプランを考えるのに、一度肌を合わせてしまうとどうにも離れ難い。ミロは、昔よりも奥面なくその熱を表してくれるようになっていて、その熱に心から安堵する自分がいる。昔はそういう熱をあまり感じなくて、自分ばかりが先走っているのだと思っていたので。
翌日もそのまま続けるのかと思ったら、ミロがウンブリア州にピクニックに行こうと言い出した。一応、「観光客が来る前のイタリアもいい」という誘い文句は建前ではなかったらしい。日帰りで行ける距離だというので、少し早起きをして出かけることにした。
ミロの車は、ローマの道路事情を200%反映するなかなかの優れものだ。メルセデス・ベンツの”Smart for two”という名前の超小型車で、道路両脇に二重に駐車された車の間も楽に縫って走れるし、駐車スペースに十分な空きがない時など縁石に正面から突っ込むようにして停めてあったりする(車体の長さが4人乗りセダンの約半分なので)。それにしても、そこそこ身長があるミロが乗るには少々きついだろうと思っていたら、なんとオープンカーになるとのこと。天気もよかったので、オープンルーフで出発した。
郊外に出る前に、昼食を買い出しに行く。セダンでは絶対停められないような隙間に駐車して、市場でバゲットとチーズ、ほうれん草のキッシュ、フルーツを買い込んで戻って来てみたら、二重駐車でしっかり出口が塞がれていた…。どうするのかと思ったら、ミロはひたすらクラクションを慣らし続けている。こんなので、本当に運転手が戻ってくるのか? 
5分鳴らしても誰も来ないので、ミロが舌打ちしてすぐ目の前のバーへと歩いて行った。…なんだか、喧嘩みたいな早口が店から聞こえてくるんだが…大丈夫か? ミロ。一分ほどして、明らかに酔っ払った男がよろよろと出て来て、ミロはまだ早口でふっかけている。…イタリア語ならこんなに喋れるのか、と少し感心した。ここがイギリスなら、多分むすっと黙ったままだろう。「おっさん、飲み過ぎで話にならないんだよ」とミロは少々ふくれ気味だ。
酔っ払いの男が発車する前に前後の車にぶつけたので、もう一発派手にクラクションを鳴らしてローマを脱出する。誰も守らない信号と道路を歩く人(歩道があるが、路上駐車が多すぎて向かい側に渡れないので人間も車道を歩く)を漸く抜けて、1時間半ほど走ると、街の混雑が嘘のような自然の風景になる。標高は700mほど、牧草地の向こうに山が連なっていて、リスやウサギ、シカなどの動物が普通に姿を見せる。イギリスでも郊外に出ればそういう風景はあるけれど、ミロが居ないと自分だけで出かけることはすっかりなくなっていて、久しぶりにリフレッシュした。
丘陵で鳥のさえずりを聞きながら昼食をとった後は、ペヴァーニャの街へ出て観光。中世の面影が残る街で、当時の製法で作られた紙や羊皮紙、ガラスなどを見て回った。卓上照明の素材に、少しサンプルを買って帰る。加工してみないと使えるかどうかは分からないが…。
夜はまだ二人共素直に眠る気はなかったので、明るいうちに帰途についた。行きはミロが運転してくれたので、帰りは私が運転席に座った。ミロは別に最後まで運転しても構わないと言ったのだが、ちょっとこの玩具のような車を運転してみたかったのだ。
慣れない右ハンドルの感覚を漸く思い出した頃(フランスに留学していた時は右ハンドルだったので、まったく初めてというわけではない)、我々はローマに到着した。流石に市内を運転する勇気はなかったので、郊外のコーヒーショップに寄り、そこで運転交代することになった。折しも黄金色の夕日が店の向こうに沈もうとする所で、駐車場に入る手前、徐行しながら、あまりの眩しさに目を細めた。細めながらそろそろと進んでいたら、いきなりミロが叫んだ。
「ちょっと! 危ない危ない危ない!!!」
「えっ…?!」
途端、サイドブレーキを思い切り引く音がして、思わず前につんのめった。一応足はブレーキにかけていたので、反動でアクセルを踏み込まなかったのは幸いだったが……
「何?! どうしたんだ?! いきなり!」
「見えてないのか?! カミュ!」
「何が……」
もう一度前を見て、あっと息を飲んだ。短いSmartの鼻先から僅か10センチほどの所に、臨時標識が立っている!
「逆光だ… 逆光で全然見えなかった…」
目の前には丁度沈み行く太陽があり、目潰しを恐れて太陽の方向から少し視線を外していたので、標識本体を見落とした。標識を支える棒は細すぎて、暗い建物の影にすっかりとけ込んでいたのだ。
「危ないなあ……人じゃなくてよかったけどさ……」
ミロが溜息をついて、どさりと体をシートに預けた。サングラスをかけていたミロには、きっとはっきり標識が見えていたのだろう。そこへ私が躊躇なく突っ込んで行ったから、相当驚いたのに違いない。
「…ごめん……」
流石に少々情けなくなって溜息をついた。ミロがサイドブレーキを引いてくれなかったら、折角のメルセデスが傷物になっていたところだ。車を運転するなら、矢張りサングラスを買っておくべきだった。
車を駐車場まで移動して、サイドブレーキを引き、ギアをパーキングに入れる。思わずもう一つ溜息をついたら、よこからするりと手が伸びてきて、顎を摘まれ、そのままキスされた。
「…カミュでもこんなことあるんだ。意外。」
目は濃い色のサングラスで分からないが、口元が明らかに笑っている。ちょっと面白くなくて、サングラスを剥ぎ取ったら、口元以上に嬉しそうな目がこっちを見ていた。
「…まあね。次回からは気をつけるよ」
「そう? 別にオレは構わないけど?」
…確かに、咄嗟にサイドブレーキを引いた反射神経のお陰で、ぶつからずに済んだのだが。
「生憎、ロンドンにはお前はいないからな。サングラスは車に常備しておこう」
耳元にキスし返して、”Thanks”と言ったら、そのまま抱きつかれて一瞬で椅子ごと押し倒された。
まったく、どうしてそういう所まで器用なんだか……。
結局、アパートに着く頃にはこちらも相当のぼせていて、問答無用でまたしても受け身にならざるを得なかったことは言うまでもない。
…それにしても、最近ミロの指の動きが変わったような気がするんだが……一体何処で覚えてきたのだろう?

「休暇」への2件のフィードバック

  1. ミロ・アーヴィング・フェアファックス より: 返信

    無事、ロンドンに着いて何より。行っちゃうと、狭い部屋でもガランとして途端に寂しくなるよ…それにしても、明日がまた試合か…(頭痛)
    えーっと、誰かに突っ込まれる前に断っておくけれど、メルセデスベンツって言っても中古で従姉妹から譲って、というか押し付けてもらったものなのでオレが金を余らせているとか思わないように。
    これは、フィレンツェの結婚した従姉妹が学生時代に使ってたもので、ローマで車を持つ必要はあまり無かったんだけど、景気付けだと貰った(本当の所はいい加減に納屋を占領しているこの車を処分したかったのだと見ている)。
    最初は駐車の厳しいローマでどうしようかと思っていたけど、田舎に行って買い物をしてくる時にはやっぱり便利だし、何よりフィレンツェに寄るとチーズから何から塊でくれるから、それを両手にぶら下げて、いつ来るか知れない電車を待つよりはいい。
    それから、昨日みたいに、カミュと近郊に行くときなんて、貰っといて良かったってしみじみ有難いね。あ!だから、カミュも傷とか全然気にしなくていいからな?楽器以外の損傷なら全く気にしないから、オレ(笑)。
    それと、指の動き…って、セックスしてる時?
    変わったかなぁ…??
    自分じゃ分からないけど、以前程、これはあんまりカミュが感じないかな? とか、気持ちよくないかな? とかあんまり考えなくなったかな? 触りたいように触ってるって感じだな、多分。
    そりゃ、カミュが気持ちよさそうになった所とか、感じとかはちゃんと覚えて置くようにしているけれど…ああ、それ以上に、やっぱりカミュの体が昔以上に凄く好きかな…。キスの延長上にセックスもあるって感じだな。
    他に思い当たる所と言ったら、二月のコレクションで今まで参加してなかった飲み会に行って、その後の二次会までいく羽目になった時、気が付いたら皆さんバイかゲイの人達ばっかで…色々教えてもらったかな? かなり背筋に冷たいモンが走ったんだけど、まあ楽しかったよ。(なんか、去年までは近寄りがたかったって言われて散々懐かれた…)。
    それから、も一つ…直接言おうと思ったのに言い忘れた…。多分、来月の雑誌に入る広告から載り始めると思うんだけど…見ても気にしないでね…いや多分気にしないとは分かってるけど……。まあ…ロスなんかが先に見て騒ぐかも知んないけど…それとも、ロスは来月に入ったらそれどころじゃないか…。
    ロスとサガが、なんだかんだ言ってもいつも一緒に居て、毎日会えるっていうのがちっょと最近羨ましかったんだ…。それじゃあ、また。今度会えるのは八月の合宿かな?

  2. カミュ・ルーファス・バーロウ より: 返信

    いや……
    車内で、信号待ちの時とかに伸ばしてくる手が変わった、というつもりだったんだが…(汗)
    ……まあ、二次会の勉強成果は確かにあったかも知れない……。
    とにかく、妙な病気は貰って来ないように。

コメントを残す