(電話の音)
Hi, Miro,
今、時間ある?
ううん、忙しいなら別にいいんだ。
ちょっと声聞きたかっただけだから。
…え? 何?
意外って……そうかな? 結構あるよ? そういう事。
聞いた事ないって……だって、お前も忙しいじゃないか。モデルはやってるし、一応設計事務所の社長だし(笑)そんな毎晩長電話したら、身が持たないだろう……
…うん。少し飲んでる。
今日、ひとつ仕事が片付いて。クライアントにも喜んで貰えたみたいで、よかったよ。ここ暫く、その最終調整で帰宅がいつも午前2時を過ぎてたから、なんだか生活のサイクルが狂っててね…明日も早いし、寝た方がいいんだけど、どうも眠る気になれなくて。それでワイン1本空けた。寝不足のお陰で、少し回ったみたいだ。
そう、酔っ払いの相手。嫌なら切っていいよ(笑)。
なんなら、一緒に飲むか?
…分かっているよ。大丈夫、そんなに無茶はしていない。
モデルと掛け持ちのお前の方がよほど大変なスケジュールだろう…(笑)
でも、もう少し貯金しないと、ローマには行けないから。
そちらへ行ってすぐに仕事が取れる訳じゃないだろうからね。
え? そうだよ?
だから会社も辞めたんだが……今まで言った事なかったか?
だって、お前、もうロンドンに戻ってくる気ないだろう?
…うん。
飛行機で二時間と言っても、遠いよ……。
どうして今お前ここに居ないのかな。
今なら、シャワーも浴びて来たことだし、万全なのに(笑)。
うん…ちょっと持て余してる。飲んだのがまずかったかな。……でも、今に始まったことじゃないよ。
……どうして?
パブリックの頃からそうだったよ?
ミロの事を考えたら、体が熱くなる。その熱を持て余す……音楽で昇華出来ることもあるけど、今は楽器もないから……。
そういう時は、仕方がないから、水被って仕事のメールでも書いて頭を冷やす。でも、その後で、とても悲しくなる。
うん……今もちょっと辛い……。
会いたくて、苦しい。
……電話したのは、逆効果だったかも知れないな。
来週の月曜日まで、あと一週間もあるなんて……。
ああ、でも、お前のヴァイオリンが聴きたいな。
そうしたら、その音を抱いて眠るよ。
お前の音は、いつでも私を至福に導いてくれるから。
ここで聴いているから…
お願い、弾いて。
(ヘッドセットから流れるviolinの音、やがて、寝息)
※100エントリー記念につき、何時もとは異なった形式でお送りしました。(管理者注)
あれ?
カミュ、どうしたのこんな時間に。
時間?あるよ?(笑)
カミュ相手なら何時でも…?
でも意外だな、カミュがそんな事言ってくれるなんて。
聞いたこと無いよ?
社長っていっても、単独の仕事よりは、今、下請け回してもらっているような感じで…。
だから、毎晩電話してくれても全然構わないって…今、カミュの方がよっぽど忙しそうじゃん。
それより、カミュ、今飲んでるだろ?
良かったね。カミュの仕事はいつも綺麗だし丁寧だから、きっとクライアントも心から満足しているよ。
ああ、それで中々スカイプで捕まらなかったんだ…。
声、掠れてるよ?
酔ってるんじゃない?
イヤじゃないけど…。
カミュがストレートに言葉を言ってくれるのが酔ってる時だけってのがちょっと寂しいだけ(笑)
一緒に飲むかって…だめだよ、カミュ、飲む前にベッド!!
ちゃんと睡眠取らないと! 明日も早いんだろ?
貯金か…(溜息)
って、こっちに来てくれるの?!
うん。
……ごめん。イギリスも大好きだけれど…。
イタリアに居る方が楽に息が出来る気がして…。
でも、無理しなくても、オレ、通うよ?
ロンドンに。飛行機で二時間だし…。
うわっ……。
なんか…カミュからそんな言葉、初めて聴いた………。
なんか、凄く色っぽいんだけど……。
それって、今やりたいって事だよね?
本当に?
そんなの、感じた事無いよ、これまで…。
カミュからって、そんな感じ、口でカミュが言う程受けた事無いよ、パブリックの頃から、ずっと…。
……。
今、触れられればいいのにね…。
凄く、カミュに触れたいな…。
苦しいね……。
うん……オレも苦しいよ…。
抱きしめたくて、苦しい。
逆効果?
そんなこと無いよ…。
触れられないのは苦しいけれど、カミュの声を聞けたのは嬉しいし…。
なによりカミュに欲しいって言われて嬉しい。
凄く、嬉しい。
そうなの?
ずるいな…カミュは寝れるかもしれないけれど、オレ、寝れないじゃん(笑)
本当に、それがいいの?
話すより?
うん。
ちょっと待ってて……。
何がいい?
バッハ?
そう。今、楽器を起こしたところ。
これから、髪を整えてやって、発声練習して…。
今だから言うけどさ…。
カミュ、酔ってるから忘れてくれていいから……。
本当は、怪我してから、カミュにそれが知られる事が凄く怖かった。
フィレンツェの建築学入りなおして、卒業して、やっとカミュと一緒にロンドンで暮らせるってなっても、カミュの方が一足先に社会人になってて…。
それから、バイオリンの音、聞かれるのがとても怖かった。
カミュとは居たかったけれど、いつもカミュにあまり近づきたくないって、ずっと心の小さな部分で思ってた。
カミュは、オレの音を褒めてくれるし、好きだと言ってくれるだろ?
昔から。
でも、今の自分は、過去の自分に劣ってるってずっと思っていたから、本当はずっと辛かった。
カミュが言ったみたいに、多分、自分に自信が無くて卑屈だった。
だから、うまくいかなくなったんだと思う。
カミュに沢山嫌な思いさせたんだと思う。
ごめんな。
カミュ、大丈夫?
呼吸、大分ゆっくりになってる。
ベッドに行った方が良くない?
何か、リクエストある?
じゃ、シューベルトのアヴェ・マリアでいい?
ほら、ヘッドフォン外して、ベッド行きなよ!
で、スピーカをオンにして…
愛してるよ…。
愛してる。
うん。
お休み。
左の薬指にキスしてくれる?
オレもするから。
(マイクを立てて、楽器を顎に挟むと左手の薬指にキスし、ふっと笑んで机の端にある写真立てにキスをすると、ゆっくりと楽器を奏で始める。窓の向こうには、大きな半月)
※100エントリー記念につき、何時もとは異なった形式でお送りしました。(管理者注)