誕生日

気がつけばまた一年が過ぎて、明日はまたひとつ年をとる日だ。


あと一年で二十代とも別れを告げることになるのかと思うとかなり気が重い。
五年くらい前には、何も出来ないことなどないように思えていたのに、ここ数年体力は落ちるし、何か仕事をするにも以前のような無理は出来なくなってきた。
今後は、どんどんとその差が開いていくばかりなんだろう。やれることが少なくなって、時間がかかるようになる。
だからこそ、三十代までにやれることは全部やっておかないと、ということなのだろうが。
自分の専門に関しては、これまでにそれなりの研鑽は積んで来たし、今後もその経験で生活していけるくらいのところまでは持って行けた、と思う。
でも、実は今、その専門を手放そうとしている。
事務所も、今月末には閉めてアパートを引き払う予定だ。
両親は勿論今も大反対しているし、自分でもかなり馬鹿なことをしている自覚はある。
倹約すれば二、三年暮らせるくらいの預金はあるが、照明デザイナーなどそもそも需要がそれほどあるわけでもなく、二年も現場を離れてそう簡単に次の勤め先が見つかるような分野じゃない。これまでだって、会社に居た頃の人脈でなんとか繋いできたようなものだ。
アメリカのようにダブル・メジャーが当たり前な国柄ならともかく、この年齢から始めて収入を得られるほど極められる専門など、この欧州にはないと断言してもいいだろう。
しかも、それが習得におそろしく時間がかかり、運動神経や体力も要求されるとなれば尚更だ……。
ここ数年、誕生日を素直に喜べないでいる。
去年はミロがサプライズを仕掛けてくれて、素直に楽しめたし感謝もしたけれど、お祭り騒ぎが終われば現実が待ち受けているだけで、矢張り永遠に二月など来なければいいのに、と思ってしまう。
まあ、もう誕生日なんて祝う年じゃない、と言ってしまえばそれまでなんだが。
それでも、無茶をわかっていて手を出すのは、けじめをつけたいからだ。
十年以上も積み残してきた宿題を、今度こそきっちり終わらせる。
今まで手を出さなかったのは、勿論自分の専門に集中する必要があったからだけれど、本当の理由は結果を見たくなかったからだ。結果を見なければ、自分が捨てた道で将来どんな花が咲いたか、根拠のない妄想を抱くことも可能だから。
もう、「二十代の若者」ではなくなるのだから、妄想を抱くのは止める。
ミロとの関係も、自分の期待に引き摺られてだらだら続けるのは止める。
「こんな関係、どのみちこの先続かない」とミロは言ったけれど、まったくその通りだ、と思う。
あいつは昔から正論しか言わない。それが間違っていたことなど一度もない。
その正論を、わざと見ないようにしていたのは私の方だ。
欲があるから判断が曇る。どこまでも自分を抑えて相手に尽くすなんて事が出来るほど自分は聖人ではないのに、もう少し我慢すれば、なにか実りがあるかもしれないと期待してしまう。
ミロに別れを切り出してから暫くは、何をするにも上の空だったけれど、ようやく最近になって落ち着いてきた。
アイオリアが聞けば、だから俺が四年も前に反対したのに、と憤慨するところだろう。
でも、この四年で分かったこともあった。
自分もミロも、お互いに相手に惹かれている。
それは間違いないけれど、自分の思うパートナーのありかたと、ミロの思うそれは違う。
私にとって、パートナーを得るということは、敢えて自分の立ち位置を完全な自立から、ほんの少しだけ、自分一人では立てない場所に移動させる、ということだ。
完全な依存ではパートナーは疲弊する。けれど、完全な自立の上には、そもそもパートナーシップなど成立しない。
エレンとの付き合いでそれを学んだ。お互い、相手を尊重して、相手の本質に関わるような部分では干渉しなかった。その結果、二人とも、自分の信頼を本気で相手に預けることが出来なかった。
ミロは、多分、大切な宝物かなにかを想うような形で、「愛情」を捉えているのだろうと思う。
パガニーニのような国際コンクールに入賞する実力を得て、今ならきっと、少し生活に余裕も出来て恋人の為に時間を割ける、そんな思惑が、プロポーズをした時の彼の頭にはあったのだろう。
でも、私は、彼が一番辛かったとき、大変だった時にこそ、側にいて力になりたかった。
その時には私と距離を置き、何もかも秘密にすることしか考えなかった彼が、今余裕が出来た瞬間にまるで余暇を楽しむためと言わんばかりに一緒に暮らそうと言い出した時、悔しいのか、痛いのか、腹立たしいのか、自分でもよく分からない感情の嵐に見舞われた。
また何か困難が立ちはだかった時には離婚するつもりなのか、蒸発するのか、それとも、人の目の前に居ながら全身で関わるなと牽制するつもりなのか。腕を怪我した後の数年のように……。
自分は、ミロの思い人ではあるかもしれないが、パートナーではない。
そう思った瞬間に、漸く諦めがついた。
私は、十三年前に自分の可能性を投げ打って挑んだ賭けに、結局負けたのだ。
それなら、もうあとは、成り行きに任せるしかない。
これまでは、なんとかミロと関係を続けられる選択肢を探してきたけれど、もうそんな小細工はしない。自分とミロがこれまでのような関係を続けられるかどうかは、私がこれから挑む事でもし結果を得ることができれば、数年後に答えが出るだろう。
そこで駄目なら、もうそれで終わりだ。
ミロは決して納得しないだろうけれど、そのときには、今度こそ、全ての関係を終わりにする。
クリスマスにミロにははっきり別れを告げたつもりだったけれど、先方にはどうもその意図が伝わっていないようなのが気になる。
明日は実家に戻って今後のことを親と相談する。一応、誕生日近辺は忙しいと以前に断ったけれど、まさかあいつ、去年みたいに抜き打ちでやって来ないだろうな??
……連絡はとらないと言った手前、こちらからメールするのもばつが悪いが、一応、来てもアパートにはいない、とメールしておくか……。

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