軽口を叩かないアイオロスを久しぶりに見た。
多分十年以上ぶりだと思う。…それが、こんなに怖いことだとは、当時はつゆとも知らなかった……
イングランドが負けた夜、アイオロスは出先のパブから「出勤」した。土曜の夜に何故「出勤」なのか、よほど他人に顔を見られたくなかったのに違いない。こちらの顔も見なかったし、Tubeの駅までの道もただ前を向いて無言だった。
負ければ落ち込むだろうとは思っていたが、ここまでの落ち込み方というか、悔しがり方というのは少々予想の範囲を超えていた。イングランドが負けるのは今回に限ったことではないが、今年は決勝戦まで行けると前評判華やかだっただけに、あんな負け方をしたのがどうにも悔しくてならないらしい。母国発祥のスポーツで40年も首位がとれない、という事態を、彼がパブリックの時代から大変悔しがっていたのはよく覚えている。彼の弟と異なり、アイオロスはアメリカン・フットボールにあまり興味を示さなかったし、クリケットにもそれほど興味がなかった。身内贔屓は昔から変わらないが、ゲーム自体に興味を持っていたのはフットボールだけかも知れない。もしもオーケストラに捕まっていなかったら、フットボールをやっていたのではないか、と思わせるくらいだ。
それだけに今回の大会にかける意気込みも大きかったのだろう。
はっきりいって、随分私もパブに引きずり回されたし、ロスが調子に乗ってカミュあたりを挑発するのを抑えるのにも骨が折れたが、それ以上に勝って喜ぶアイオロスを見ているのは楽しかった。それがこんな風に鬱屈しているのはどうにも見ていられなくて、気分転換に郊外へ花火を見にいかないか、と誘った。
どうせ、ロンドンに居ても面白くない会話が耳に届いてしまうことだし……
私が運転するから、と漸く説得して、自室に電気もつけず宙を睨みつけているアイオロスを引っ張り出した。Rhythm and Boomsと銘打たれた花火大会は、音楽に合わせて花火が上がり、バンドのステージなどもあって、地元では有名なイベントだ。今年研究室に入って来た学生が2週間ほど前に話していたのを思い出し、急遽インターネットで開催地などの詳細を調べたものだ。
一時間ほど南へ下り、開催地の湖のほとりに着くと、既に花火は打ち上がっていた。花火が乱れ打ちになるフィナーレは21:45分からで、まだ二時間近くあると踏んで露天で勝ったFish & Chipsを摘んでいたら、ぽつん、と大粒の雨粒が頬を叩いた。
……嫌な予感がした。
今日は昼から蒸し暑かった。夕立で済んでくれれば良いのだが……
はたして、二十分後、夕立は豪雨となり、イベントは続行不可能となった……。
アイオロスは雨の中、無言で傘もささず(持って来ていなかった)、ひたすら宙を睨んでいる。さっきまでそれでも花火が上がっていたが、流石にもうその気配もないのに、ぴくりとも動かない。
……………。
流石にこのまま帰ったら、多分事態は悪化の一途を辿るだろう………(溜息)
結局、急遽宿を探し、服を乾かして(というのは口実だが)帰ることになった。今、ロスがシャワーを浴びている。そろそろ上がってくるころだ。
今日は悪いけれど、アイオロスにはじっとしていて貰おう。……でないと、何をされるか分かったものではないので。
…それにしても、そろそろ何か喋ってくれないかな……アイオロス……(涙)。