本当に頭に来たから、徹夜で仕事を片付けて、ロンドンまで飛んだ。
着いたのは午後だったけれど、まだカミュはフラットには帰宅していない様子で、電気も点いていないし、もちろん玄関には鍵が掛かっていて、ブザーを押しても応答は無い。
待つこと3時間。
この建物、ヒーティングが入ってなくて結構寒い。
生まれ育ったニア・ソーリに比べれば、随分南にあるロンドンだが、今はもう住み慣れたイタリアに比べればそれなりに寒いわけで…もう少し着る物考えてくれば良かった。
すっかり辺りが暗くなってから、カミュが帰って来た。
玄関の前で (玄関といっても建物共同の玄関から中に入って、カミュの部屋の前に立っていたわけだから、正確には廊下で待っていた、って事になる) 壁に凭れて立つオレに虚を突かれた様子のカミュが、一瞬歩を止める。
「何をやっているんだ? こんな所で…」
と言うので、
「お前が9日より前に来いって言うから来たんだろ」
と、ムッとして返すと
「…そんなところに立っていないで、中に入れ」
と、扉に鍵を差し込んだ。
あれだけ派手に、家には入れない、と喚いたのはどこのどいつだ?!!
ぶちっと血管の切れる音が確かにしたと思う。
「へぇ…オレは立ち入り禁止じゃなかったの? あんなに言われて誰が入るかっ!」
と、言い返すと、くるりと踵を返して、溜息を一つついてから
「…それなら、ここで三分以内で話をするか、喫茶店にでも行くか、どっちか選べ」
「お前に抱かれに来た」
ちゃんとオレはカウントした。
アンダンテで156カウント、カミュは固まってた。
「……お前、何を言ってるんだ…?」
「ほらみろ。カミュだって突然、想像もしていなかった事を言われたら固まるし、その後の態度だってぎこちないじゃないか」
ふんっ、とカミュを睨みつけながら言うと、カミュは暫く息を呑んだ後、
「……お前の話に脈絡がないからだろう…(怒)」
と睨み返してきた。
「じゃあ、あの日のカミュの行動の何処に脈絡があったって言うんだ! 突然来るし。しかも持ってきたのは、手作りのパイだし、指輪だし。その後は事務所に寝るって言うし。で、結局一緒に寝ることにしたら、突然人に背中向けて、そうかと思ったら人の腕握って自分の方に持っていって、愛してるって言うって言うどこに脈絡があるんだ!!」
「っ!! お前っ!! その間の会話とか雰囲気とか、全部っ!! すっ飛ばしているだろう!!!!(怒) それだからお前は、私の事を見ていないと言うんだっ!!!!」
「見てるだろうが、ちゃんとっ!! なんなら全部会話も行動も、再現してやるぞ?!!」
「そういう事じゃないっ!!! 第一、私は最初から誕生日を祝いに行くと…」
「あの日はオレの誕生日じゃないっ!」
「お前の誕生日に、お前は電話に出なかっただろう!!」
ぎゃあぎゃあと言い合っていたら、突然カミュがはっとして口を噤んだ。
「……兎に角、中に入れ。他の住人に迷惑だ」
「中に入れないって言ったのはそっちだろ」
「突然やってきても泊めない、と言ったんだ」
「突然カミュが来たってオレは泊めたけど?」
「………どうしてお前は、その前の部分を…全体として考えないで、部分だけで議論しようとするんだ…(疲)」
と、盛大に溜息をつき、もう話したくもないといった様子で言われた。
「結局、お前の中には、平素の『私の行動』というものだけがあって、目の前の私の事は見ていないんだろう…!」
とも。
そして、カミュはもうこっちを見もしないで挿し込んでいた鍵を回してドアを開けると、その中に入った。
こっちも無言で中に入って後ろ手でドアを閉めると、カミュはこっちの事は全く無視して、オレなんて居ないというように全くいつもの自分の行動をよどみなく続ける。
コートを脱ぐ、鞄を置く、手を洗う、キッチンで薬缶を火に掛ける。パソコンを立ち上げてメールの確認をする。
カミュの背後に立って、パソコンに向かうカミュの頬を撫でたら、無視してそのまま画面を見ている。
それで、そのまま首筋にキスして、耳を軽く噛んだら
「茶なら勝手に飲め」
と言われたので、こっちを向けと言うと、心底もう沢山だ、という顔で振り返った。
その顔に、沢山キスをして、最後にはちゃんと唇にキスをして離れると
「なんのつもりだ」
と、むっとした口調で言われた。
「なんのつもりって、このつもり。最初からキスするために来ただけだし」
と返したら、唖然とされた。
「だって、こないだ、いくら謝っても『もういい』の一点張りで、キスすらさせてくれなかったじやないか。飛行場まで送るって言っても、仕事しろって玄関にギュウギュウ詰め込まれて、人に挨拶のキスしてさっさと行っちゃったし…。だから、キスしに来たんだ」
「…………。それって、お前の方がよっぽど執念深いだろう……」
「違う。執念深いのは、絶対お前の方が執念深い。オレは、ただ単に大切な事を忘れないだけ」
まだ呆れて毒気を抜かれている様子のカミュにもう一度キスをすると、オレはぐうっと両腕を天井に突き上げて大きく伸びをした。
「じゃあ、帰る。9日午後12:30にスタジオの前な? 一応ロスもその日は顔を出すって言ってたけど…曲はもしかしたらダブル・ベースかオレ一人か、まあやってみて決めるって。ベース二本でパンチが効いても確かに面白そうだし。じゃ、楽しみにしてるよ」
と手を振ってカミュの書斎? から出た。
で、大股で玄関まで行って、玄関開けて、ドア閉めて…
ヤバイヤバイ。
駅まで走らないと最終便逃す。
チューブまで走って、その後電車に飛び乗って、空港のカウンターに無理を言って、無線機片手にした事務員さんに先導されて空港内突っ走って、なんとか飛行機に飛び乗った。離陸5分前。
飛行機の中で仮眠して、帰ったら仕事だ…。
欠伸。