バラ・マーケットで大振りの肉の固まり(本日は羊)と、ワインを二本持ってカノンのアパートメントに向かった。
まあ、無いだろうとは思っていたが、やはりそこにはカノンのパートナーの姿は無く、どんな表情をしたらいいのか分からない、といった心情を隠した仏頂面に迎えられた(笑)。
挨拶もそうそうにカノンと台所に立ち肉の固まりの処理(料理)の仕方に喧々諤々し、後は適当に摘みを作って早速酒を開け始めると、サガは絶望的な表情を浮かべてこちらを見詰めてきた(笑)。俺が酒でカノンを潰していいようにしようと画策しているとでも思ったか、事態を軽く考えていると思ったのか。カノンも絶対に酔い潰されたりはしないぞ、と意気を上げていたが、バドワイザーで育った人間に何も言われたくないと突っぱねる。
それからは、出来たザッパな料理を並べつつ、酒とアメリカとイギリスの文化の違い、下らない会話を繰り広げただけで6時間にも及ぶカノン宅滞在は幕が降りた。
夜の八時過ぎ、カノンも一端実家に戻るとの事で共にアパートメントを出る。サガはもう、正に今胃に痛みを抱えています、といった風情で、別れ際に何かカノンに言いかけた。が、それを俺が遮った。
代わりに俺がカノンに、『また二人で来る』と告げると、お前等一体今日は何しに来たんだ、と気持ち悪そうにこっちを睨みながら一言。それには答えず笑って別れると、二人になった帰り道、サガはもう非常に傷付いた、といった顔で全身で俺の事を拒絶している。
サガもカノンに対して思うところが在る様だが、俺も実はちょっと引っかかってる所があって、実際の所はサガが思う以上に俺は慎重にカノンには今回の件では接したかった。
専門を、少年犯罪に絞っている関係で、それなりにその方面の心理・精神分野にも目を通している。で、引っかかるのは、カノンの育ち方なんだなぁ…。何が「普通」か線引きするのは難しいが、母親から引き離されて育った男ってのはやっぱり一癖あったりする。そういう意味では、カノンはもう信頼できる異性を見つけて安定している様子だからまあ、目出度いが、今度はそこに同い年の同性の兄弟が居る。で、そいつが突然これまでの苦労をパーにするような事を言い始めた、とすればまあ、気持ちのいい事では無いだろうと理解に難くない。
色々試行錯誤して育ったようだから、それなりに理性的に自分を見つめて自分の感情も分析済みのようだが…。
俺としては、サガに都合の悪い事になったから、早急にその解決の為にカノンと話し合いをしてどうにかする、ってんじゃなく、まあ兄弟としても人間としても、もう少しばかり渡りを付けて、それから色々と相手に都合を付けてもらというのがスジだと思うんだがな。でなけりゃ今度は、サガの気にかけているご親戚ドモにいいように突付かれるだけで、双方または両親含めてウザったいだろう。
兄弟として、こいつをなんとか助けてやりたいと相手が思ってくれるまで、まずは相手に受け入れてもらうべきじゃないのかと、それまでのバッシングやプレッシャーはお前が受けて立ってりゃいい話じゃないかと、そう思うんだがなぁ…。
どうも、サガは生真面目に、早く返事をしなけりゃならんとか、相手にもよく考えてもらうためには早く状況を説明しないと、とか思い詰めてしまっていて、アイタタなんだな…。これが、学生の尻叩くんならまあ、面倒見のいい助教授で通るが…相手もこれまでの人生と今後の人生のプライドかかってるからなぁ…。いい大人だし。
サガが守りたいのは、もっともサガに近しい両親、弟の心情で在って…まあ、そういう意味では、二親へもそれなりに仄めかしておいた方がいいと思うがな。これまた、生真面目に物事の白黒つかないうちは何も話せない、と決めているらしい。
まさに、シオンのように一刀両断で骨を断ち自らを生かすという生き方が出来んサガには、もう内堀から埋めていくしかないだろう、と、実はドウコから聞いて知っていた十年前のシオンの騒動からずっと観察している結果として思う。結局サガは実家から言ってくるまで動けなかった訳だし、そういう意味ではちいっとばかし卑怯な事を既にしてしまっているわけだからな、相手に対して。
カノンに対して、まあアイツが継ぐ事で発生する利点に関しては、サガがわざわざ指摘しなくても、とうにアイツは気付いていると思うから、今日言えなかった事を気にする必要は無いと思うし。後は、サガがカノンの最も気にするところの、「両親に泥を被せる形でなく」爵位継承を放棄出来ればいい訳だ。
簡単じゃ無い、と発言する事が、簡単な「逃げ」になる事もある。
帰宅後、俺は引き出しから昨日揃ったばかりの分厚い封筒をサガに渡した。貴族年鑑で拾えるサガの親戚のここ半世紀ばかりの噂から裏の部分まで含んだ調査書だ。もちろん、サガの耳に伝わっている事もある筈だし、実家にもそれなりに揃っているんだろうが、多分使えるものもある筈だ。ヤードから揉み消されたスキャンダルなど、そうそう人の口にも上がるまい。が、何処にでも弁護士は入り込んでいるし、情報屋は情報を掴んでいる。
まずは、有無を言わさぬよう、雑魚を押さえるって方法もあると思うんだが、どうかね? マイ・ディア?
ガックリと肩を落としてバス・ルームに消える姿を眺め、ツクヅク難儀な性格の人間だと思う。ホント、これを今日カノンに体当たりさせなくて良かったわ。こいつの生真面目をまともに食らったら、カノンも堪らんわな…。これの面倒を見るのは俺の仕事だから、まあ、出来る限りカノンにシンドイ思いはさせないようにするが…。
いくら医療が発達しても、性格ってのは直せんもんだなぁ(呑気)。