夏の終わり

ミロがかなり早いバカンス(普通イタリアのバカンスの時期は8月だ)でロンドンに居着いてから、一ヶ月が過ぎた。


流石に心配になり、いつまでバカンスなんだ、ときいたら、うーん、と何やら生返事。
キッチンに立ちコーヒーを入れ始め、話を逸らそうとしているのが見え見えの所作を始めたので、耳を引っ張って無理矢理リビングに連れて行き、今後の予定を吐かせた。
曰く、「仕事は全部片付けてきたので現在の受注はない、戻って営業をしないと次の仕事は来ないので、気が向いたら帰る」と……
馬鹿者、お前はいつから性根からイタリア人になったんだ?!
いくら割のいいバイトがあるといっても、一ヶ月以上も遊び暮らしたら差し引きマイナスだろうが!!
休みなんて限られているから楽しいんだ、さっさと飛行機の予約をしろ、と睨みつけると、「今ローマに戻ってもどうせ皆バカンスで居ないから営業ができない」とほざいた。
……だったら、何でわざわざ一月も前倒しで休みをとったのかな?
流石に顔の筋肉がひきつった。
ミロは完全に誤解しているようだが、私ははっきりいってラテン気質は嫌いだ。
いくら母親がフランス人だろうが、それで私をラテンの範疇に突っ込もうというのは奴の勘違い以外の何物でもない。
手の代わりに言い訳の口を動かす事が仕事だと勘違いしているとしか思えない怠慢、チームワークを組ませれば自分の都合ばかり主張する、大した仕事も出来ないくせにプライドばかり高い、遅刻はする、昼食に出れば二時間は戻って来ない、すぐ帰る……
連中と組んだ仕事は悉く尻拭いの残業を余儀なくされ、そのことでまた上司に嫌味を言われ、会社に勤めていた六年間に更に印象は最悪のものとなった。
まあ、ミロはパブリックの時代に少々固すぎたので、少しイタリアの空気に感化されるのは良い傾向だと思っていたが、最近少々連中に染まりすぎている。
危険だ。
このあたりで、一度自分のナショナリティを思い出させねば。
イタリア気触れはまだ許せるが、英国人の皮を申し訳程度にぶら下げたイタリア男と一緒に暮らすのは御免だ、と言ってやったら、その言葉の端に殺気を感じたのか、漸く渋々スケジュール帳を取り出し、飛行機の予約を始めた。
ミロが入れたコーヒーをすすりながら横目で様子を伺っていると、三十秒に一度は溜息をつきながらキーボードを叩いている。
その横顔があんまりしょげ返っているので、流石に少々可哀想になった。
いや、別に、お前がここに居るのが嫌だ、と言ってるわけじゃないんだが……。
お互い、フリーになってから年数も浅いし、長期仕事から離れていられる身分でもないだろう?
実はミロが来てから、私も受注の数を抑えている。今月の経理は赤字、これ以上この状態を続けるわけにもいかない。
何とか今年中に拠点をローマに移すなら、蓄えも必要だし……。
安値の飛行機を探した結果、結局フライトは次の日曜日となった。
周囲はこれから始まるバカンスシーズンに心躍らせているが。
あと一週間で、我々の夏は終わる。
何となく感傷的な気分になって出かけた買い物先で、ミロがアイスクリーム製造機の展示販売の表示をみつけた。
まあ、なにしろ食事よりアイスが好きなミロの事だし、ひとつぐらいあってもいいか、と寛容な気分で足を運んだら、ミロはバケツほどもある大きな木樽の前で硬直していた……。
ええと……それは、一番古典的な、氷を使って作る製造機かな?
というか、その横に、その半額以下で、近代的な電動式の製造機があるだろう?!
結局、物欲しげに木樽を見詰めるミロの首根っこを引っ張ってその場を離れた。
夏は、もう、終わりだ。

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