手術

朝9時半の予約に合わせて、8時に帰宅、(うさぎの)ロスをつれてアイオロスと共に大学病院へ。


何も知らない(うさぎの)ロスは、少々緊張気味だったが特に怯えるふうでもなく、どうやって診察台から飛び降りようか思案しているようだった。
火曜日だったが、先代のロスが世話になったドクター(この大学病院でエキゾチックアニマルの執刀では最も経験がある)が執刀してくれるとのことだった。
たしか彼女は水曜日のみの担当だと聞いていたのだが、もしかしたら、彼女の執刀で、手術は成功したものの麻酔が覚めずに亡くなった先代のロスの事で、我々に気を遣ってくれたのかも知れない。
ドクターは、健康診断後午後に執刀する手順と、麻酔について説明してくれた。二代目ロス(混乱を防ぐためアダプション時の名前Mangoで登録したが)は体が大きいので、気管挿管で麻酔を使うことが出来る、とも言った。
私自身は、Mangoがまだ十分若く、見るからに体力、生命力が漲っていることから、それほど麻酔について心配してはいなかったつもりだが(少なくとも彼は一度最初の精管切除手術で麻酔から醒めている)、ドクターは大変懇切丁寧に説明してくれた。もしかしたら、自分が思っているほど、冷静な顔をしていなかったのかも知れない。
ぼんやりと、医者という職業を続けられる人達の精神力とは凄いものだな、と思った。
人間の場合と異なり、獣医(とくにエキゾチックアニマルの専門となれば)には内科も外科もない。
ドクターには既に何度も診察で世話になり、お互いに顔も知った間柄だ。
私がもしドクターの立場だったら、たとえ先代のロスの死が仕方のないことであっても、同じクライアントの別のウサギの手術は出来れば引き受けたくないと思うことだろう。
麻酔による死亡というのは、非常に僅かな確率ではあるが、ゼロではない。
勿論、誰のペットであっても死なせてはならない、という信念があるから引き受けられるのだろうが、私だったら、それでももう一人のエキゾチック・アニマル専門のドクターに頼んでしまうかもしれない、と思った。
我々が無用に不安な時間を過ごさないよう、ドクターは1時から執刀をするからそれまでは心配しなくていい、と言った。
ところが、何がどうなったのか、なんと11時半頃には、ドクター本人の大変嬉しそうな声で「Mangoは問題なく目覚めた、手術も成功した」と連絡があった。
最初からそのつもりで、我々を心配させないようにわざと手術の開始時間を遅く知らせたのか、たまたま、先の手術が早く済んで予定が繰り上がったのか。
もし、最初から午前中に執刀するつもりであったのなら、鮮やかとしかいいようがない。
その心配りに、心から感謝した。
さて、仕事をいつもより早めにひきあげて家に戻ると、アイオロスがひきとってきた(ウサギの)ロスは綺麗にかたづけられたケージの中で蹲っていた。
少し眠そうではあるけれど、食欲はありそうだ。まだ痛み止めがきいているのか、ジャンプしてケージから飛び出そうとする。
体力を消耗しているのは確かなので、いつもより大盤振る舞いで野菜やニンジンを与えたら、みるまに完食した。開腹手術をしたえせるの時とくらべ、随分具合もよさそうだ。
小さなロスも、このくらいの年に去勢すれば何でもなかった手術だったのかもしれないな、と思った。今更、悔やんでもどうにもならない事ではあるのだけれど……。
ロスの灰を入れているシュガーポットに、守ってくれてありがとう、と手を合わせた。
さて。
人間のアイオロスの方は、私が完全に彼を無視してウサギの方ばかり向いているのを、やけに楽しげに眺めていた。悪びれる様子など欠片もなく、こちらが怒っているのだということを理解してもいないのが癪に触る。のれんに腕押し、という言葉が日本にはあるそうだが、まさにそんな言葉がぴったりだ。
いよいよ就寝時刻になると、さりげなく人の腰に手を回してきたりしたので、ぴしりと払いのけて寝室へ毛布をとりに行った。ソファベッドを倒していたら、そっちには自分が寝るからベッドを使え、などと言う。ウサギと一緒に寝るから構わないと言ったら、今度はいそいそと床に毛布を敷き始めた。
冗談じゃない。同じ部屋で寝るのはお断りだ。
枕と毛布を掴んで寝室に行き、ロスが入って来る前に内側から鍵をかけた。
コンコン、とノックの音がして、なんだ、とドアを睨みつけたら、おやすみ、と一声。
それから、軽いキスの音が聞こえた。
全く! ロスの辞書に反省の文字はないのか?!
とにかく、(今に始まったことではないが)人の不満を真面目に取り上げようとしない態度が我慢ならない。
これまでどうせ言っても無駄と、つい有耶無耶にしてきたが、ただでさえ実家と色々揉めている時に、今回の所行はあまりに軽卒、危機感がなさすぎる。
折角シオンとドウコのお陰で少しカノンが理解を見せてくれたかと思った矢先だったのに、これですっかり振り出しどころかマイナスになってしまった。
とにかく、今迄甘い態度を見せていたのが諸悪の根源なのだ。
今度という今度は、(ウサギの)ロスが回復したら、必ずウサギ共々家を出てやる!

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