物事にはその時々の事情というものがある。
だから、ひとつ問題が片付いたとて、事態が改善しない事はままあることだ。
冷戦に突入して4週目の土曜日、アイオロスが寝室のドアを叩いてきた。
まあ、常のロスに比べれば随分と控え目だ(普段だったらノックなどしない)。
一応先方が礼儀を守っているので、こちらも最低限の礼儀で扉を1インチほど開けると、枕を持ってパジャマに着替えたロスが立っていた。
何か用か、と聞くと、一緒に寝よう、と言う。
いい加減機嫌を直せ、などと言って来たら鼻先で思い切りドアを閉めてやるつもりだったが、一応、傷つけて悪かった、などと謝ってきた。
口が裂けても浮気して悪かった、とは言わないのが筋金入りだ。
どうあっても、己の非は認めないつもりらしい。
もう、ここまで徹底していると、価値観の違い、主義の違いと認めるより他なく、その部分でこれ以上張り合っても地の果てまで平行線なのは過去の経験から承知している。
既に済んでしまった事でこれ以上揉めるのも疲れるし……
仕方なく、溜息ひとつでかたをつける事にした。
(大体、ロスが謝るなんて滅多にない事ではあるし。一応、その努力は汲んでやろう)
ただし、これが最後だ。
これまでは大目に見て来たけれど、もうそれも馬鹿馬鹿しくなってきた。
次に同じ事をしたら、もう怒るのも通り越してどうでもよくなるに違いない。
二度と、人の目の届かないところでそういう遊びをするな、遊びたければこちらの許可をとってからやれ、と言ってやったら、何を勘違いしたのか、ドアを押し開けて飛びついてきた。
どうも、私が浮気を禁止した事を、妬いているのだと勘違いしたらしい。
そうじゃなくて、私はそういう不誠実なのが大嫌いなんだ!!!
ベッドは半分明け渡してやるが、こちらには来るな、と真ん中に線を引いてやったら、少々情けない顔をして、まだ怒っているのか、などと言う。
実のところ、もう怒るのにも疲れたので、それほど怒ってはいないのだけれど、ただ疲れたからもう寝るので、睡眠の邪魔をしないでくれ、と返答した。
まあ、そんな静止が何の役にも立たないのは、お互いに承知ではあるのだけれど……。
案の定、三十分もしないうちに手が伸びてきたので、全く、と文句をいいつつ落ちて来たキスに応えたときだった。
一瞬、別の映像が見えた。見た事もない女性の上で、同じように笑ってキスするロスの姿。
反射的に、のしかかってきた体を突き飛ばした。ぞっとして、暖まりかけていた体が凍り付いた。
何が起こったのかわからない。
ロスが外したパジャマのボタンの隙間から、起伏のない自分の胸が見えて、息が詰まった。
どうしたのだ、とアイオロスが問う。
冷たい汗が首を伝う。
何も、答えられない。
疲れたから、悪いけれど今日は駄目だ、と断って、毛布を頭から被った。
まあ、三ヶ月も空いてしまった事だから、そうすんなりとゆくはずがないのだが。
ロスは、私が角を立てて怒るより、よほど神妙になって大人しく寝てしまった。
少し可愛そうな気もするが、まあ、いい薬か。