膠着状態に陥って、二週間が過ぎた。
子ウサギたちは順調に育っている。もう大人と同じ仕草もすれば、一人前にスタンピングもする。
個性もはっきりしてきて、オレンジは甘えたがりで脱走が多く、白黒のブチはおっとり気味(父親に似たのか?)茶色の二匹はいつも一緒でまるで一卵性双生児だ。
体長だけを比べれば、既に自分の2/3ほどもある四匹の子ウサギたちに、プチはまだ乳をやっている。
あれほど臆病で、えせるの陰に隠れてばかりだった彼女が、子供を守り育てる立場になってからというもの、自信に溢れ、本当に逞しくなった。あの小さな体が四匹もの子ウサギを一度に育てるのだから、母親というものは凄い。
一方、父親の方は部屋を走り回る小さな子ウサギ達が自分の子供という自覚すらないらしい。去勢してしまったので、子供達を襲うことはないが、不思議そうな表情で鼻をつついている。
雄というものは、役立たずで無責任なものだな、と思う。
だから、生物は皆雌雄で番うのだろう。
アイオロスとの仲がうまくいかなくなって二週間、きっかけはともかく、もっと根本的な問題に行き当たってしまった事に気付く。
怒っているわけでも、拗ねているわけでもないのだが、ことがうまく運ばない。
今に始まったことではないけれど、彼がこんな若くもない男の体に興味を持つ事自体が無理だと感じる。アイオロスが何を言っても、それはその言葉通りではなく、単に私と続けていきたいからそう言っているに過ぎない、と全身が否定する。その努力は嬉しく思うけれど、一方でそんな誤摩化しを強いている自分自身に吐き気をもよおす。
不満がないわけがない。私では満ち足りぬから、ああして外で女性と関係を持つのだろうから。
それを偽り、妥協しながら、関係を続けていくのは耐えられない。
そんな矜持はとうに捨てたつもりだったけれど、年を重ねるほど、ただ陰に籠り爆発する時を待っていただけなのだと気付かされる。
アイオロスに妥協されるような自分は、大嫌いだ。
最初はただ嫌悪感に過ぎなかった感情は、今ではもう憎しみに近い。
どれほど意識しないように努力しても、アイオロスが優しくしてくれる度に、その憎しみが条件反射のように溢れ出す。
続けて行くには、努力が必要だ、とアイオロスは昔言った。
だから、彼はそのための努力を続けているのだろう。
私もまた、これまで、その嫌悪感を抑える努力をしてきた。けれどそれは、アイオロスの努力とは異なり、私の中に溶解不可能な痼りを生んでしまったようだ。
毎朝、毎夕、解決法を探すけれど、答えはみつからない。
カミュは、考え過ぎだ、と言った。アイオロスの目には本当は私以外映っていないし、その執着に偽りも妥協もない、他の女性とは別の範疇のことだと。
私もそうだろうと思う。これ以上、彼に何を望むのか、と。
けれど、私が思う事と、私が本能的に感じる事は残念ながら同じではない。
肌が触れる度に、悪寒が走る。もう、妥協されるのも哀れまれるのも嫌だと、全ての感情がその一色に塗りつぶされる。
だから、答えがみつからないのだ。
先の金曜日、アイオロスが私の帰りを玄関先で待っていて、部屋に入るなり抱き締められてキスされた。テーブルには既に夕食が並んでいて、ワインも冷やしてあって……
なんとかしようと努力してくれているのだと思いたいのに、心の奥で冷酷な声がした。
もう一ヶ月以上もご無沙汰で我慢が出来なくなっただけで、彼は拒む私を落とすゲームを楽しんでいるだけなのだ、と。
アイオロス本人はそれを情熱だと信じて疑わないだろうけれど、私は彼の愛情の一面にそういう部分があることを知っている。
落としてしまった獲物には、以前ほどの情熱は抱かない。そうして、一日だけの関係で終わってしまった女性が何人も居るのも知っている。
それでも私達が続いているのは、彼が続ける努力をしているからだ。どういう理由でかは分からない、けれど、彼は続けていく相手に女性ではなく私を選んだ。
アイオロスは、その選択を後悔したことはないのだろうか……。
いや、彼のことだから、後悔などたとえしても認めないだろう。
認めないから、意地も張れる。本当は女性の相手が欲しいのに、まだ私に執着しているつもりになっているだけのことなのかもしれない。
それでも、今、この状態をなんとかしようと努力する彼の情熱に、偽りはないのだけれど。
昔の誓いの通りに、なんとか状況を改善しようとしてくれている、彼のそういう部分を心から愛おしいと思うのに、体は動かない。
結局、一歩その先に進もうとすると駄目で、堪り兼ねて、ついに禁句を口にした。
外に懇意の女性がいるなら、そちらへ行って構わない、と。
怒るなら怒れば良いし、これ幸いと出て行くならそれでも構わない、そう思っていたのに、
アイオロスは、少し、傷付いたような瞳をして溜息をついた。
考え過ぎて疲れると、もういっそ、実家に戻ろうかという気分になってくる。実家は逃げ場ではないと重々承知しているけれど、アイオロスのもとに居ても何もできないのなら、ロンドンで逡巡している理由はないのだ。
漸く目が覚めただけのことだ、何を戸惑うのか、と、カノンなら言うだろう。
そうして、私自身、そう思い始めている自分を知っている。
アイオロスと寝る自分が嫌いになった。
恐ろしく遅い目覚めではあるけれど、結局、当たり前の反応が今頃顕在化した、というだけのことなのだ。