ロスは甘党

普段は板チョコレートなど買わないのだけれど、論文の締め切りが近く少々寝不足が続いていたので、1ポンドの板チョコレートを買って来た。


食後に紅茶と一緒にひとかけら口に入れて、ソファの上で校正原稿を見直していたら、目の前をひょい、と大きな手が横切った。
アイオロスが、私の開けたチョコレートの袋をしげしげと見つめている。
「お前、チョコレートはLindtがいいんじゃなかったっけ?」
「ああ……うん。でも、グロッサリーストアの企画商品みたいで、安かったから。あまり甘過ぎないし、悪くないよ?」
ロスは、一口齧って微妙な表情をした。
「……なんか、チョコレートの味がしない……」
アメリカで育ったロスは、チョコレートといえばHERSHEY’S、であのくらいの甘さがないと食べた気がしないらしい。去年アメリカに行った時も、あの甘いチョコレートの中に更にキャラメルや激甘のピーナツバターの入ったチョコレートを結構平気でいくつも食べていた。
「そう? それなら次は、HERSHEY’Sを買ってくるよ」
「いや、別にいらんけど。それよりチップスのファミリーサイズとコーラ」
「駄目だよ。そんなものを買ったら、君は一日で全部食べてしまうじゃないか」
「当たり前だ! 開けたら完食するのがチップスに対する礼儀ってもんだ」
「その脂肪と澱粉は全部お腹のまわりにつくんだよ。我々もそろそろメタボリック・シンドロームに注意しないと」
「ちゃんと運動してるから大丈夫♪ 今夜も二人で運動しような♪」
「今日は火曜日!」
同居生活も長くなると、原稿に目を通しながら半分上の空でもこの程度の会話は出来る。
アイオロスがちぇ、と小さく舌打ちして手元の新聞をとり、向かいのソファに腰を下ろしたときだった。
床で自由に遊んでいた(うさぎの)ロスが、ふんふん、と鼻をならして後ろ足立ちしながらテーブルの上を嗅ぎ回っていた。
テーブルの上にしばしば御馳走がある事を彼は知っていて、ときおりそうやっておやつを探しにくる。例えばオレンジジュースやフルーツなどが乗っていれば、重い体でテーブルの上に飛び乗り、気がついたときには皿のものがすべて空、ということもままある。
しかし、今日は紅茶のカップくらいしか置いていない。すぐに諦めるだろうとたかをくくって、赤ペンの入った原稿を見直していると、コツン、という物音と、ウサギが何かを引きずって走り去る音がした。
えっ……まさか、紅茶のレモン?!
慌ててテーブルの上を見ても、カップの隣に置かれたレモンは元の位置を動いていない。
何か鉛筆でも持って逃げたのかと思ったが(ロスは鉛筆を一本齧って芯だけにしてしまったことがある)赤鉛筆も机に置かれたままだ。
……と、その時。
「……なあ。こいつ、チョコ食ってるぞ?」
(人間の)ロスがぽつりとつぶやいて、足下を凝視していた。
はっとしてテーブルを見ると、確かにチョコレートの包みがない!
「取り上げてくれ! 早く!!」
「いや、取り上げろっていっても、、もうかなり食ってるし、歯形ついてるし……」
「いいから! 早く!!!」
ロスがチョコの包みを床から拾い上げるのと、私が(ウサギの)ロスを抱き上げるのとがほぼ同時で、目の前の(ウサギの)ロスの口は白い毛がチョコレートの茶色にすっかり染まっていた。
「いやあ、流石にハムだな。豚並みに何でも食う」
「ロス……ウサギというのは、食に対して保守的な生き物なんだろう? 君のお母さんは、君にポテトチップスだの、ピザだの、チョコレートだの食べさせたのかい? ……本当に君って子は……虫歯になってしまうよ?」
「いや、だからそいつはハムだから」
「ロス、ウサギのお腹はこんなに甘いものを食べるようには出来ていないのだからね?」
「コラ、無視すんな。ってか、ウサギにロスっていうな」
本来、ウサギは母ウサギから教えられた食べ物以外は簡単には口を出さない。それが、あきらかにチョコレートの匂いに引かれてやってきて、何の躊躇もせずに食べるなんて……
……まさかこの子は、最初のブリーダーの家で本当にジャンクフードを食べて育ったのだろうか??
えせるも結構何でも食べてしまう子だけれど、上には上がいるものだ。

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