仕事から戻って、コーヒーを入れて、得意先にメールの返事を入れたところで、急に家中の明かりが消えた。
外は雪が降っている。この冬初めての停電だ。
コンピューターもネットワークも使えない。
はからずも、いやという程、ここ数日を振り返る時間が出来てしまった。
振り返ってみれば、結局、お互いの思い込みが食い違っていたわけで……
本当に、馬鹿馬鹿しい。
思い込みの激しさは、絶対にミロの方が上だと確信がある。
ミロは猛反対するだろうが、私のは思い込みではなくて、その前の状況をもとにした判断だ。
あの状況で、最後の最後にミロがこちらの思惑に気付いたなどと、誰が思うだろう?
けれど、その後一週間以上もその判断を曲げなかったのは……思い込み以外の何物でもないかも知れない……。
嫌になる事に、停電でも、電話は使える。
電気さえ使えれば、する事も山ほどあるのに、まだベッドに行くには早すぎるこの時間に出来ることと言えば、電話だけ。
仕方がないので、暗闇に白く浮かんでいる電話の受話器をとり、指が覚えている番号を押した。
ミロは一瞬向こうで固まっていたが、用件は何かと訊いて来た。
昨日、自分から「この話は終わり」と言い切ってしまったので、蒸し返すのはかなりきまりが悪いんだが……
とりあえず、「臍を曲げて悪かった」と言ったら、心底不思議そうな声で、「なんでわざわざ?」と返って来た。
よくよく考えれば、正直、自分が謝る事ではない、とも思う。
でも、あの日は、ミロを祝うつもりで行ったわけで……
それが結局、目的は何一つ果たせずに、正反対の結果になってしまった。
だから、目的を見失って判断を誤ったのは自分の方だ。
ただ、これをミロに言っても絶対に理解しないので(これは思い込みではなく経験)、ただ、間違いは謝るべきだろう、と言った。
それと……。
「……停電なんだ、こっち」
「停電?」
「お陰で、電話以外何もできない。シャワーも給湯器が止まっていて水しか出ないし……」
「ええっ、じゃあ、今ロンドン中電気消えてるのか?!」
ミロはなんと、外に出て星を見ろ、と言った。
この寒い時に!
なんでわざわざ、と抵抗したら、真っ暗な夜空を見るチャンスなどそうそうない、と大変な勢いで。
つい、嬉しそうなミロの声にのまれて、電話を待ち受けにして外に出てしまった。
……停電していたのは、このフラットだけだった……。
あほらしい……
この寒い中、懐中電灯持ってコート着て外に出た自分は一体なんなんだ?!
とりあえず、蝋燭に灯をともし、停電しているのはこのフラットだけだ、と伝えたら心底残念がっている模様。
……停電如きでそこまでエキサイトできるとは……全く幸せな奴だ。
まあ、でも、その幸せを多分に分けてもらっているから、良しとするか。
「で、お前、9日はどうするんだ?」
「どうって……何が?」
「アイオロス先輩が来るなら、練習終わったらまず間違いなく飲みだから、その日のうちにローマへは戻れないぞ」
「えっ……そうなのか?」
「当日いきなり泊めろと言われても困るからな」
「……じゃ、いきなりじゃなかったら、泊まってもいいのか?」
「そうだな……シチリア産のSun dried tomato 一袋で手を打ってやる」
「まじ? じゃ、オレ、アイスクリーム食いたい!」
「馬鹿、それじゃ取引にならんだろう!」
真っ暗な部屋で時計も見えず、気がつくと蝋燭は殆ど燃え尽きていて、慌てて電話を切った。
…ついうっかりSkypeで話しているつもりになってしまったが、一体この請求幾らくるんだろう……?(汗)