病院に入院させていたロス(うさぎの)が帰って来た。
当初の予見では、昨日のうちに食事を自分でとれるようになるだろう、とのことだったのに、結局今日に至ってもまだ自分ではペレットを齧れない。医者はもう一日様子を見るか、自宅で強制給餌をするか、と聞いて来た。動物病院は犬猫の鳴き声と匂いが充満しており、とても小さなウサギの安らげる環境ではないので、結局連れて帰る事にした。
夜中の異変からまる一日半、再び目の前に現れたロスは、眼振は大分治まったものの、斜頚はむしろ進んでいた。ケージから出すと、体が旋回してまともに座れず、所謂ローリングを起こす。一体どんな神経に傷がつけばこういう状態になるのかと不思議になるほど、凄い勢いだ。酷くなるとこうなる事は分かっていたので、昨日のうちに買っておいた猫用のベッドを移動用ケージに押し込み、その中に柔らかい布を敷いてロスを閉じ込めた。狭くて可哀想だが、広いケージでは転がって怪我をしてしまう可能性が大きい。ロスは暫く落ち着かない素振りで立ち上がり、バランスを崩してベッドの中で転がっていたが、そのうちに綿入りの縁を枕にすることを覚え、うつらうつらと眠り始めた。
ロスはとにかく健康体で、中耳炎や毛詰まりの可能性もかなり低いことから、医者は最初から寄生虫(エンセファリトゾーン)を疑っていた。検査結果が出るのは二週間後だが、投薬はアルベンダゾールを前倒しに昨日から始めている。それでも、効いて来るのには時間がかかるということか。
気になるのは、エンセファリトゾーンの原虫自体はほぼ70%のウサギが持っており、発病するのは弱った個体だと一般に言われている事だ。確かに、最近のロスの食欲は全盛期程ではなかったが、与えた餌は全て食べていた。ペレットを多く与えても、昔ほどすぐに太らなくなったが、かといって痩せて来たわけでは決してない。血液検査、健康診断の結果も全く問題ない。どう考えても、ロスが「弱った個体」の範疇に入るとは、私には思えないのだ。
ひとつ、気がかりがあるとすれば、昨年の春、頻繁に外に出して遊ばせていた事だ。ロスは勿論大喜びで芝生を駆け回り、ダニを3匹とノミを1匹つれて帰って来た。今にして思えば大変迂闊だったが、このときに外の寄生虫を拾って来たのかも知れない。
本当に、エンセファリトゾーンなのか。だが、そうでなければ、あと残る可能性はパスツレラか癌だと、医者は言う……。
パスツレラなら、完治する見込みがある。腫瘍なら、部位によっては手を出せない可能性が高い。
エンセファリトゾーンは駆除が難しい寄生虫だ。症状が治まっても、殆どの場合斜頚は治らない。それでも、せめて腫瘍でさえなければ、と願ってしまう。
あれほど食べる事が好きなロスが、大好きなバナナも数口齧る程度しか出来ず、毛皮が汚れても舐める事も出来ない。見ていると、本当に胸が詰まる。
しかし、ともあれ、介護する側が弱気になっていては始まらない。
童虎が言っていた言葉を思い出す。「何が起こっても、希望だけはある」と。
旋回や眼振そのものは、投薬で抑える事が出来ると言う。あとは、いつか快方に向かう希望を抱いて、毎日、愉気をしてやるだけだ。
思えば、ロスは、えせるが来るまで一人で我々の関心をほしいままにしていた。足の弱ったえせるが来て、沢山の子供達が生まれて、相対的にロスへの関心は薄れていたかも知れない。再び大好きなペレットが食べられるようになるなら、もしかしたら、少しくらい気がかりがあったほうが、本人は幸せなのかも知れない。
何にせよ、とにかく早く自分で好きな食事をとれるようになって欲しいものだ……(溜息)。