(注:これは2007年4月のお礼小説の続きです)
強引に寝室に連れ込まれたミロ・フェアファックスは、何が何だか、といったうちにカミュ・バーロウに押し倒されていた。
「…ちょ、ちょっと…ホントに、ほんと?」
「何が? ちゃんと気持ちよくしてやるから安心しろ」
にっこりと、カミュ・バーロウは下に居るミロ・フェアファックスのまん丸に見開かれた瞳に向かって微笑んで見せた。と、途端、びくっと体を跳ねて下からもがき出ようとした長い手足の持ち主の手がカミュの頭にガツンと当たった。
カミュ・バーロウは三人男兄弟の真ん中である。それなりに取っ組み合いの喧嘩は弟相手にパブリック・スクールに入る前には経験して来たのである。真昼の春の日差しが切り窓から差し込む天井部屋の寝室で、カミュ・バーロウは暴れる金髪の仔羊を取り押さえるのに数分を要したが、なんとか成功した。
うつ伏せにシーツの上に倒れこんでいるミロ・フェアファックスの背中に馬乗りになり、カミュ・バーロウは、まだジタバタともがこうとする足の太股の裏に両手を掛けてその動きを封じ込めた。
ミロ・フェアファックスもそれなりに喧嘩慣れはしているが、如何せんカミュ・バーロウ相手にどこまで力を出していいのかいつも加減に迷うので、それなりにいつも全力で事にかかるカミュの敵ではなかった。
「…本当に、往生際の悪い…」
カミュ・バーロウの苦い声に、そういう問題じゃない、と抗議の声が上がったが、彼はそれを無視して力を入れて押さえ込んでいた恋人兼幼馴染の太股から両手をはずした。それから、その両手で優しく宥めるようにミロ・フェアファックスの太股の裏や内側を撫でると、居敷を少し押し広げて窄まった部分を舐め上げキスをした。
途端に、ギャーともうわ、ともつかない悲鳴が背中の方から上がり、カミュ・バーロウは眉間に皺を寄せた。
「自分が人にいつもしてる事に対して、なんだ、その反応は…!」
「それとこれとじゃ話がちがうって……!」
長い金髪の間から隠れ見える耳は、見事に赤くなっていて、カミュ・バーロウは相手の水を差す言動を頭から振り飛ばして、ローションに腕を伸ばして中身を自分の指に垂らした。
それから暫くの間は、ミロ・フェアファックスは大人しくカミュ・バーロウのなすがままになっていたので、カミュ・バーロウの方もすっかり相手も観念したものと、出来るだけ気持ちの良い思いをさせてやろうと指を丁寧にミロ・フェアファックスの体の中に這わせ、自分の経験から気持ちの良かった事だけを優しく相手に施していた。久しぶりに受ける側に回るのだから、となるべく時間を掛けて、ゆっくりとミロ・フェアファックスの体と意識の準備が整うまで、とそれはこまめに、気持ちと技術と雰囲気というものも考慮に入れて、真剣に、真面目に、情熱をもって事に当たっていた。そして、もうそろそろ…と思っていた時に、その一言はやって来た。
「……カミュ……本当にアレ、オレに入れる気……?」
「…………」
「あの、さ……」
「難易度の問題から言ったら、私のよりはずっと容易いと思うが?」
「……………」
「そういう目的のためのものだ。気持ちもいいと思うけど?」
「いや……難易度とか、そういう問題じゃなく…どうせ入れられるんなら、カミュの方が何倍もマシなんだけど…」
カミュ・バーロウ、「マシ」の一言に少しカチンと来た。
「なんか、そんな派手なピンク色のもの入れたくない、し…」
「色は入ってしまえば見えない」
「いや、でも破れそうだし…」
「腸ってものは頑丈なんだ、と羊の腸詰め作りの時に散々人に講釈たれたのは何処のどいつだ?」
「でも、爆発したら破れるだろう…?!」
「何が爆発するんだっ!」
「だって、電流が流れてるだろうが!」
「電池が入ってて、振動する作りになっているだけだ! しかも、電池が入ってる部分は人間の体に入らないっ!」
ここで、大分カミュ・バーロウが求めていた雰囲気から脱線してしまっている事に、カミュ・バーロウ本人は少し、気付くのが遅れた。
「兎に角、入れるんならそれじゃないのにしてくれ!」
「…どういう言い草だ…大体こんなに緊張してるくせに入る訳がないだろう?!」
「カミュが出来るんだから、オレにだって出来る!」
「頭冷やして考えてみろ! こっちの方が絶対に最初にはラクだ!」
「そんなに違わない!」
「……お前……自分がどんな大きさのもの人に入れてるのか、分かってて言ってるのか…?」
「そんなのいちいち見てから入れるかっ!」
カミュ・バーロウの頭は、一瞬真っ白になった。自分の勃起した性器の大きさを知らないって、どうなんだ? と。いや、知ってて言ってるのかもしれない、とは一瞬思ったが、やっぱり知らないのかも知れない、とも思った。いつも、何故か入れる段階になると自分の体にぴったりとくっついてくるからだ、この男は…!
そんなにイヤなら、とは思ったが、ここまでの押し問答ですっかり自分の方の気持ちがそれてしまい、まだなんの準備も出来ていない状態だ。その情けなさが少し、八つ当たりの気分も生み出す。
兎に角、流れを基に戻そうと、すっかり忘れていた指の動きを始めた時、それは起こった。
「兎に角、どっちにしても、バックで、てのはイヤだ!」
突然、ミロ・フェアファックスが腕を立ててカミュ・バーロウを背中に乗せたまま四つんばいの姿勢をとったので、カミュ・バーロウの足は中に浮いた。体のバランスが崩れ、あえなく、ぽてっとマットレスの上に滑り落ちた。
一瞬、何が起きたか分からなかったが、こうまで自分のした事全部を水に流されればそれは怒りに代わる。
「お、前……!!」
低く、発せられたカミュ・バーロウの声に、ミロ・フェアファックスは、ハッとして、自分が地雷を踏んだ事を悟った。ゆらっ、と自分に近づいてくるカミュ・バーロウを制したくて、思わず手ならず足を上げてしまい、それがカミュ・バーロウの鳩尾にクリーン・ヒットした…。
二時間後、裸でプロレスを繰り広げた男二人はローマ市内に買出しに出ていた。結局、汗だらけになっても勝負はつかず、お腹が空いて食材を買いに来たのだ。カミュの怒りは、ミロが仔羊の肉を買う事で収めてもらうことにして、ぶらぶらと市内を歩いていると、途端、ある店の前に来てミロは顔を輝かせた。カミュ・バーロウはミロ・フェアファックスに手を引かれて店の中に足を踏み入れて唖然とした。
狭い店内に所狭しとぎゅうぎゅう詰めになっている輝く包装紙の波。正確にはイースター・エッグを包んで天辺にリボンを結んだラグビー型のごわごわした商品が、天井からも吊り下げられている。
「今年はまだ全然買ってなかったんだ。暇が無くて。カミュも何個か選びなよ」
ミロ・フェアファックスは嬉々として異なる大きさの商品を幾つも集めだした。5秒ほどしたところで、正気が帰って来たカミュ・バーロウは、ミロ・フェアファックスが集めた商品をまたもとの棚に戻しながら言った。
「チョコレートなら、板で買えるだろう! 何もわざわざこんな高いの買わなくても…!」
途端、ミロ・フェアファックスの青い目が、信じられない!とカミュ・バーロウを振り返り見詰た。
「イースター・エッグはこの時期にしか買えないんだ! 明日にはなくなっちゃうんだ!」
「たかがチョコだろう! 一年中いつでも買える! しかも、お前、もう食っただろう!」
「たかがチョコじゃない! 中におまけが入ってるんだ!!」
「…また、どんな”おもちゃ”が欲しいんだ? お前は…!」
「ここのは、あんなんじゃない!」
それから遣り取り十数分。ミロ・フェアファックスの、むくれる、拗ねる、ごねる、聞かない、に根負けして、五つだけイースター・エッグを買って二人は店を後にした。
その後、何軒ものパスティッチェリア(菓子屋)を梯子して、コロンバやパスティエーラ、懐かしいと言ってカミュの制止も聞かず買ったウォーバ・ディ・パスクワなど、普段甘いものなど食べないミロ・フェアファックスの味覚の壊れっぷりは鮮やかで、これまでいかにまともな食事をスキップしていたかが押して知れたカミュ・バーロウはもはや溜息を付く気力も無かった。
例えこんなに甘いお菓子を買ったとしても、一度まともな食生活に戻れば見向きもしないのは分かっているのに、否、分かっているのは自分だけか…とカミュ・バーロウは空を見上げた。
ローマの空は細い。青い空が尖塔に当たって切り取られながら、それでもゆうゆうと広がっている。
自分の隣で楽しそうに、ローマのバスクワの説明をしている青年を見ながら、今日の夕飯は何を口に突っ込んでやろうか、とカミュ・バーロウは忙しく考えて、買い忘れが無いか食材のリストをチェックする。
ここを通るのが近道だ、と右手を握られて体を引っ張られる。ミロ・フェアファックスの指に、冷たい金属の温度を感じる。カミュ・バーロウの胸に、諦めに似た感情が広がった。
多分、もう、一生こいつとは付き合っていくのだろうな、と。