世間の常識

あの極楽兄貴が実家にとうとうカミングアウトしたというので、俄に身辺が慌ただしくなった。


大体、兄貴は「人払いを頼んで」話したと自信たっぷりに言ってたが、昨日の晩にはもうヘンリー(俺を育てた執事だ、俺よかよっぽど王子らしい名前だな)から電話がきて、「いよいよですな」とか言いやがった。あの家で人払いもクソもあるか、っつーのが未だに分かってないらしい。
まあ、ヘンリーは親父にとっても親父のようなものだから、あのじいさんに筒抜けなのはハナからわかっていたとしても、その口調が気に食わない。
「大変残念なお話を伺いました」って、じーさん、受話器の向こうで笑ってるだろう?!
何かと事ある毎に「チェトウィンド卿は」を繰り返して俺を兄貴の忠実な僕になるように育てようとしやがったくせに、その実俺が対抗馬に上がって来たのを喜んでいるらしいのには驚いた。
おまえさん、サガは親父の次に名当主になるだろうとか言ってなかったか?! この裏切り者!!
無論、親父は話にならんとつっぱねたそうだが、あとでこっそりヘンリーに相談したってことは、サガが言い出したらきかない事も分かっているんだろう。まあ、自分の息子だからな。親父も相当な頑固者であることは自他共に認めるところであるし。
だが、アメリカ育ちの俺が後釜に収まるのは、サガを捩じ伏せるより多分大変だろう。
大体、長男と次男とでは、一人前になるまでにかかる金が5倍は違うのだ。俺は親父の判断でアメリカに送られたから、フツウの次男よりは金を食っているかもしれないが(思うに、親父はその差を俺に見せたくなかったのだろう)、それにしても異国で自由奔放に暮らしてた次男が当主になれるなら、イギリスの名門校を出た自分の方がまだましだと言い出しそうな輩の五人や六人は簡単に思いつく。
俺は、兄貴が何を言おうが、結局はヤツが家に戻り、たまにアイオロスとのアバンチュールを楽しむ(くそ、真面目に考えるとキモわりい…別にゲイを差別してるわけじゃないが、俺と同じ顔の奴が男といちゃついてるってのが気に食わん)以外に道はないだろう、と信じて疑わなかった。
俺の意思とは無関係に、兄貴がいるのに俺が後を継ぐのはどう理屈をこね回しても不可能だと思っていたからだ。それが、大英帝国で連綿と続いて来た貴族制度の礎ってもんだ。
だが、ここへきてヘンリーにちらとでも俺を後釜に据える気があるなら、話は少々変わって来る。
なんといってもあのじいさん、先代から絶大に信頼されていただけあって、親父のみならず親戚連中にも相当な影響力がある。大体、周囲の反対を振り切って俺をアメリカに送った時だって、ヘンリーがついていくというので周りが漸く渋々ながら納得した、というくらいだ。
もしじいさんがその気になって、本気で裏工作にまわったら、不可能も可能になるかもしれない。勿論、そのためにはサガがもう使えないことを証明する(つまり勘当だな)必要があるが、当人はすっかりそのつもりなのだから、あとは親父とじいさんがそれを認めればいい。
サガは(どうしようもない世間知らずなのを除けば)、まあ、跡継ぎになるために生まれて来たような奴だし、絶対に親父やじいさんが諦めるはずがないと思っていたんだが……
親父はともかく、じいさんの方の地盤はかなり緩そうだ。
ここは一発、俺にも壮大な夢があることを強調して絶対無理だと刷り込んでおく必要があるな……
いっそ、またアメリカに逃げるか?!
しかし、それにしても、サガをもう少し常識的な人間に育てておけば、こんな苦労はなかったのだ。
一昨日もアイオロスにからかわれていたが、ハンドルがロックしたらイグニッション・キーが回らないのは当たり前だろう……(溜息)
ちょっとハンドルを捻っておいて回せば簡単に回るのに、力で無理矢理回そうとするから挫折するのだ。まあ、あのアイオロスのバカ力なら、それでも回ったかも知れないが、奴は当然ちょいとハンドルを捻ってから回し、簡単にエンジンをかけた。それをわざわざ切って、もう一度ハンドルロックをかけてからサガにやらせるのだから、奴も底意地が悪いのだが、あの極楽兄貴があまりに常識に疎いことの言い訳にはなるまい。
そもそも、ただしい教育をしていれば、親戚にもそれなりに姫君はいるというのに、男に熱を上げるなんて事にはならなかったはずだ(その証拠に、一卵性双生児の俺にはまったくその気はない!)。
今頃になって、三十も超えた息子からゲイの告白をされる親父やお袋も気の毒だが、半分は自業自得というものだろう。
さて、イグニッション・キーの件は種明かししてやったが、それをネタに、連中首尾よく喧嘩してるかな?

「世間の常識」への4件のフィードバック

  1. アイオロス・ヴィンセント・エインズワース より: 返信

    何で俺達が喧嘩なんかするんだ? こんな事で。(残念ながら、一緒に暮らして以来、喧嘩なんぞした事はない。エセルは何をやっても可愛いからな♪)
    しかし、とうとう動き出したか、ご老体。
    まあ、お前と一緒にアメリカに飛んで、お前の世話をご幼少のみぎりからしていたんだ。お前が当主になる事には悪い気はしないと踏んではいたが(笑)。
    そろそろ観念したらどうだ、カノン?

  2. サガ・エセルバート・シュローズベリ より: 返信

    喧嘩をした事がないわけではなくて、私が怒っても君が真面目に取り合わないだけだろう!!!
    ハンドルの加減で回るものなら、さっさと教えてくれればよいものを!!!
    ヘンリーは、口では何と言っても、カノンの事を大変誇りに思っているよ。
    本当は最初からカノンを推したかったのじゃないかな。
    私には以前かなり強い口調で実家に戻るよう諭したけれど……

  3. カノン・セオフィラス・シュローズベリ より: 返信

    ばっ…馬鹿野郎!!
    勝手に都合良く解釈するな!!!
    あのなあ、じーさんは本気でお前が収まるのが一番だと思ってるんだぞ?!
    お前が頭のネジがぶっ飛んだ無茶を言い出すから、お前の世話をしたアルフレッドがじーさんにこっぴどく叱られたって話、聞いてないのか?!
    可哀想に、お前と十歳しか違わないってのに、お前のホモの原因を全部押し付けられて泣いて謝ったそうだぞ?!
    あーあ。
    アイツが職なくしたら、お前の所為だからな。

  4. ミロ・アーヴィング・フェアファックス より: 返信

    そういう場合、アルフレッドの失業理由は、「教え子をホモセクシュアルに育ててしまった故」となるのか?
    そういう理由で首に出来るのか?
    パワーハラスメントじゃないのか?

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