干戈を交える

笑顔は人付き合いの潤滑油、または脳内幸せ物質を生み出す最良の策、等と言われているが、こいつの笑顔というのもおこがましいへらへら顔は、問答無用でオレをむかつかせる例外も誤差もない極めて不愉快なこの世の存在ワースト・ワンに位置する。


「もしあれがお前のクライアントだったら、どうだ? お前、同じ事を言えるか?」
だと?
ふざけるなっ! こんな人生背負ったクライアントなんてこのこのイギリス全土に一体何人居ると言うんだっ?! 極めて希少な症例に一般症例を当てはめようとするんじゃないっ!! このエセ弁護士めっ!
ほんっとにこいつ、自分が有利になるようにしか話を持って行きやがらない!
普段なら、物凄く心地よいはずのソファに深く腰掛け、気に入りのブレンド豆の珈琲を入れた午後の寛ぎの一時のはずなのに、こいつの存在一つで滅茶苦茶だっ! こん畜生めっ!
「あ? 俺の存在がお前にそんなに大きな影響力を持っているなんて、嬉しいな♪」
違うだろっ!! どうしてそうお目出度い方向にしか話を解釈しないんだっ!!
生理的嫌悪が人の思想に影響なんぞ及ぼすかっ! てめめめめめめめめめめめめえ、は、ゴキブリと同レベルの存在だって言ってるんだ、オレは!
「なに、カノン、お前、ゴキブリが嫌いなのか? よし。覚えておいてやろう(にっこり)」
かーーーーーーーっ!!
しっかりしろ、自分っ! ヤツの術中に嵌るんじゃねぇっ!!
あいつには紳士的にとか、常識の範疇で、とかいう交渉なんて通用しねぇっ!
コイツのことは、無視、だ。
「カノン? どうしたんだ? 急に黙って? 何? その雑誌、そんなに面白いか? ……暇だな……エセルの様子を見に行くか」
だぁっ! 気分が悪くて寝ている病人起こしに行くなっ!
「そんな、寝ているんだったら、起こしたりしないよ。まあ、寝ていてても出来る事はあるから退屈はしないよな、ふっふっふ?」
ぐぁああああああああああああっっっっ!!!
なんだ、なんなんだ、今の間はっっっっ!!!!!
あそこは、俺の寝室で、俺のベッドだっっっっ!!!!!
テメェなんぞ、一歩でも侵入させるかっっっ!!
「ホントに、双子の絆は普通の兄弟より特別なものがあると言われているけれど、カノン、そこまでいくとちょっと危ないぞ?」
誰が、誰が危ないんだっ!!
てめぇに比べたら、アーマードベアだってそれなりの仁義に従う枠の中で生きる生き物だっ!
「あ、お前、映画見たのか? 彼女とか?(にやり)」
くっそーっ!
バカにすんなよ、アレはミルトンの「失楽園」にも題材をとった、宗教的にも哲学的にも検討する価値があったから、取り合えず見に行って見ただけだ。いかんせん、脚本が箸にも棒にもかからんで失敗した感があるがな。
……。
そうして、延々3時間。どうしてオレはこいつと神学論について意見を交換し合わにゃならんかったんだ??(脱力)
もうオレは寝るっ!
そう言って立ち上がった時、アイツは、なんとした神経か、ひょいと立ち上がってオレの寝室に向かって歩き始めた!!
だからっ! てめぇは立ち入り禁止だって言ってるだろうがっっっ!!!
「そんな事言ったって、看病するのは旦那の務めだろ?」
かぁああああああああっっ!
誰が旦那だっぁ! 誰がっ!!
心配しなくともオレが面倒見るわっっ!!!
「そんな……カノン……兄弟で……さすがに近親相姦だけは俺は勧めないぞ……偏見は無いが……医学的に不健康だ」
ふ、ふ、ふっざけるなっぁぁぁぁ!!
何が、き、き、xxxxxxxxxxだっ!!!
てめぇが変態だからって、人まで同等に扱うなっ!
「いや。悪いが、俺はアイオリアの看病なんてしたことは無い。あいつは頑丈だからな。リンゴ食わせて布団の中に突っ込んどけば、翌日にはケロッとしてたぞ?」
…………。
結局、結局、あいつが客間の寝室を使って、オレがリビングのソファで寝た。
ああ、そうさ。
客室にはベッドがちゃんと二台は用意してあるさ。
だが、誰が、あいつと同じ部屋なんかで…………!!!!
くっそーーーーーっ!!
それもこれも、みんなこのクソバカ兄貴のせいだっ!
翌朝、すっきりとした笑顔で
「済まなかったね、カノン。すっかり面倒をかけてしまって。この埋め合わせは来週末に……」
ってか、てめぇら、もう来んなっ!
サガ、お前も、オレが呼ぶまで来なくていいっ!
「じゃ、また来週な♪」
人の話を聞けいっ!
爽やかな朝、芝生はすっかり緑が眩しい。
それなのに、この途方もない疲労感と虚しさを抱えて茫と朝陽を浴びて立ち尽くしてしまうオレは、
負けたのか?

負けたのか?

ちっくしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
全部、なにもかも、
サガ、

てめぇの所為だっっっっっっっっ!!!!!!

コメントを残す