本当に、あっという間の四日間だった。
うさぎのえせるが、月に帰ってしまって今日で3日目。
四日前の夜中、私は久々に講義資料の準備が終わらなくて、明け方四時すぎまで仕事をしていた。
四時半、突然えせるのケージからうさぎが暴れる音が聞こえる。てっきり足を金網に挟んだのだと思い、駆け寄るとえせるがケージの二階で転げ回っていた。
一瞬で心臓が冷えた。あの小さな茶色いアイオロスと同じ──斜頸を発症したのだ。
斜頸の原因には、主に二通りある。アイオロスの場合はエンセファリトゾーン寄生虫による免疫過剰。もうひとつは、細菌感染による内耳炎起因でバランスシステムが破壊されるもの。
えせるがどちらなのか分からない。調べる方法がないではないけれど、その結果を待っていたら処置が手遅れになってしまう。
それにしても、よくこの時間まで起きていたものだ。眠っていたら気づかず、朝にはえせるは転げ回って暴れた挙げ句、骨折でもして冷たくなっていたかも知れない。
すぐに救急病院に連れていき、細菌感染を疑って抗生物質の投与が始まった。
エンセファリトゾーンが原因の場合、殆どの場合、斜頸を発症する前に、足下がふらつくなどの予兆がある。今回は本当に突然の発症だったので、医師も内耳炎を疑ったのだろう。
午後1時、抗生物質の投与にも状況が改善しないとの連絡がある。エンセファリトゾーンも考慮に入れてフェンベンダゾールの投与が始まる。
午後8時、症状は若干落ち着いたがまだ自分で座ることが出来ない。抗生物質とフェンベンダゾールの投薬治療、目が回っているので酔い止め(カフェインを含まないもの)の投薬、強制給餌を続けることを確認して、自宅に連れ帰る。
えせるは8歳、人間でいえば既に80才近い。肝臓に負担をかける投薬治療に耐えきれるか不安だったが、症状が収まらない限り続けるしかない。
午後10時、えせるはシリンジに入れた餌をよく食べた。小さなアイオロスの時より食欲があるし、大丈夫だとこのときは思った。
様子が変わったのは夜12時頃だった。うとうととしていたえせるが、頻繁に頸を痙攣に似た動作で振るようになった。10時に投薬するはずだった酔い止めを忘れていたことに気づき、酔い止め半錠を砕いて水に溶き飲ませるが、頸を振る動作は止まらなかった。
午前2時、4時間ごとの強制給餌の時間になったが、えせるは今度は食欲を失っていて殆ど食べなかった。10時にかなりしっかり食べたので、まだお腹が空いていないのかも知れないと思い、様子を見る。午前3時、酔い止めの薬がシリンジの壁にはりついているのを見て、分量が足りていなかった可能性を考え、再度これをオレンジジュースに解いて飲ませる。
午前4時、薬がきいたのか、頸をふる動作は少し落ち着き、私はあとを(人間の)アイオロスに任せて仮眠をとりに行った。
アイオロスの声で飛び起きる。時計をみると5時半だった。
えせるは物音に驚き、その直後から足をばたつかせて痙攣のような動作を繰り返していた。
この動作は普通ではない、そう思い、とにかくHRSのGeorgeに電話をしよう、と話していたときだった。
えせるが急に苦しげに足をばたつかせた。私は電話を後回しにして、アイオロスと一緒にえせるの体を撫で、声をかけ続けた。えせるはお腹を大きく波打たせていたが、それほど動いていても息がお腹に入っていない感じを受けた。それから、三度ほど甲高く鳴き、ゆっくりと息をひきとった。
正直、助からないとは思っていなかった。
家に戻ってきたとき、状況はむしろ以前アイオロスが斜頸になったときより良かった。
それでも、ほんの少しのきっかけで、状況が急変することがあるのは人間の高齢者と同じなのかもしれない。
あるいは、酔い止めの投与が遅れたために、気分が悪くなり、頑張る気力をなくしてしまったのか。
物音に驚かなければ、もう少し頑張ってくれて、この危機を乗り越えてくれたのか。
……でも、もしかしたら、先に天国へいってしまった小さなアイオロスが迎えにきて、えせるはこの地上でもう少し生きるより、大好きなアイオロスと一緒に行くことを選んだのかも知れない。
これから続く投薬治療や、一ヶ月はもとに戻らないだろう首を抱えて頑張るより、アイオロスと天国の広い野原を駈ける方がいいと思ったのかも知れない。
三日経って、さびしそうに一人でペレットを食べている二代目アイオロスを見ながら、そんなことを思った。
もし私が彼女であったなら、80年生きた後ならば、きっとそうするだろうと思うから。
私たちもがっかりしたけれど、一番かわいそうなのは一日中えせると一緒にいた(二代目)アイオロスだ。
すっかり元気をなくして、不安げにしている。
三日経ってようやくお腹を見せて眠るようになったけれど、時折側にえせるがいないことを思い出しているようだ。
幸い、健康診断の結果は健康だったけれど……。
やはり、人間ではえせるの代わりはできないよね、アイオロス。
君のガールフレンドも、時期が来たら探さなくてはね……。