「どうして、お前は何もかもそうのんびりなんだ?」
はあ、と深く息を吐く敬愛する師匠を前に、俺はぎこちなく口角を上げて答えを誤魔化すしかできなかった。
ロベルト・ドニゼッティは聖チェチーリア音楽院でもう三十年以上教鞭をとっているヴァイオリン演奏科の教官だ。俺が下級第六学年の時からの付き合いで、今はもう家族同然だ。愛想無し、口数僅か、たまに開く口は辛口ばかり、な人なので学生からは怖がられているみたいだけれど、不思議と俺は最初からこの師匠が好きだった。
「パガニーニ国際コンクールで二位を獲ってから何年だ? 三年か? 獲った時すぐに行動を起こせば幾らでも道はあったものを……」
ロベルト師匠はもう一度ため息を吐いた。「遅い」と呟きながら、書机の上に山と積まれた紙の中から何かを探し出そうとしている。
新学期そうそう、カミュの衝撃の告白から三日、俺はロベルト師匠の自宅を訪ね、自分を拾ってくれそうな音楽エージェントはいないかと尋ねている。師匠は一瞬目を剥いてから、冒頭の一言になるわけだ。
本当は、カミュの卒業を待って、一緒にそんな活動をしたかった。けれど、カミュの「契約」告白で事情が変わった。お金が必要だ。「お前に払えるわけがない」と言われないだけの。カミュが安心して音楽だけに打ち込めるだけの環境を整えるために。そして、出来ればカミュの卒業後の進路を支えられて、もし「契約」を勘ぐる噂が生まれても、それをモノともしない盾になれるような「演奏家」になりたい。
カミュは、誰にも秘密の契約と言ったけれど、カミュが漏らしたように「特別」に面倒を見てもらっているのなら、きっと遅かれ早かれその特別をやっかむ悪意が、カミュの周りを羽虫のように飛び回る筈だ。カミュはきっと、「事実だから」と云って構うことをしないだろう。パブリックでのダンス大会の後の騒ぎのように。カミュの物わかりのいい諦めは、いつも俺を苦しくする。
先に演奏家として活動を始めて、卒業したカミュに手を差し伸べたら手を噛まれそうだ、と思っていた。国際的なタイトルは獲るだけ取っていれば後々困ることはあるまい、と挑戦した国際コンクールは二位という微妙なもので、でも今の師匠の苦虫を食べてしまったような顔を見るに、それなりに価値はあったらしい。多分、三年前は。
探すの、手伝った方がいいかな、と思い始めた時、バサッ、と紙の束で胸元を叩かれた。ヨーロッパの目ぼしいクラシック・レーベルのリストだった。
約一か月かけてレジュメと自分の演奏を記録したCDを揃え、イタリアの数社とイギリスのレーベルを中心に二十箇所ほどに送ってみた。一番反応が早かったのがまさかのグラモホォンで、送ったものは確かに届いた、という事務的な封書とカードだったけれど、そうか、こんなふうな対応をするのか、とそのスマートさに感心した。
有難いことに、幾つかのレーベルから連絡があり、話を詰めていくうちに今イタリアを離れて演奏だけに集中できない理由から(カミュから目を離せる訳がない)、イタリアの小さなクラシック・レーベルと契約した。
その名もストラディヴァリウス。ミラノの事務所を訪ねれば、開口一番「どうして写真を同封していてくれなかったんですかっ?!」と来た。色々、なんか、物凄くあけっぴろげな事務所だ。まあ、ミラノといえどイタリアだし、と自分を慰めた。
「じゃあ、スィニョール、音楽院の講師のお仕事をされながら、ということなので週末を中心にコンサートを組んでいきますね。お車お持ちでしたら、移動はそのお車で、という事で宜しいでしょうか? フィレンツェにご実家がある、と。そうなるとフィレンツェをまず攻めていきますか? ミラノは今からだと来年以降、CDの販促を兼ねて、という事で」
どんどんと調子良く話を進めていくけれど、イタリア人って基本言った事の半分も実行できない夢想家だから、何をどこまで頷いていいのか久しぶりに戸惑う。
腕一本で食っている職人の言葉にはそれなりに真実がある。でも、商売人の言葉は愛想と取らぬ狸の皮算用が砂糖菓子のように降り積もっていて、ほんと、どこまで削ぎ落とせば土台が出てくるのかわからない。もっとも、カミュは土台なんて無いって断言してたし、俺ももしかしたらこの話、ビジネスの話じゃなくて空想お伽噺かもって思ってたりする。
調子のいい話はどんどん加速して、何故だか俺が昔モデルをしていた、という事もバレていて「スィニョールならおっきく顔写真載せたポスターさえ張っておけば、教会のコンサートなんて簡単に満席ですよ」なんて囀るから、思わずカミュの真似して顔には笑顔、心の中で「そんなわけあるかっ!」って毒づいてやった。
演奏会シーズンは秋からだから、それまでにCDを間に合わせましょう、と言われレコーディングの日程も組まれた。候補曲のリストはエルガー、クライスラー、タイス、ロマン派のオンパレード。ため息を噛み殺した。
これ、俺がわざわざ弾く理由あるの? と思う。
不遜だ、とも思う。けれど、これらの曲はもう巷に溢れかえっている。そんなの今更俺が弾いてどうするんだ? と。思わず不機嫌な顔をしそうになった時、脳裏にロベルト師匠とカミュの顔がパッと浮かんで消えた。
巷に溢れかえっている曲だからこそ、出来の良し悪しも歴然と出る。誰もが聞いたことのある曲だからこそ、詰まらない演奏では人の心には残らない。口を酸っぱくして言われた、「おざなりに弾くな、頭を使え」そして、「弾けろ」という言葉。
ちょっと目を瞑って息を整えて、覚悟を決める。うん。売れなかったら、出来高制なんだから収入は増えないし。勇気と知恵と努力だよね。そういう話は大好きだ。でも、俺が好きになるのはいつも主人公じゃなく脇役で、いざ自分がその主人公を張らなきゃならない状態はとても居心地が悪い。
一度は決心したものの、苦手意識の強い曲が急に得意満々の曲になるわけはなく、久しぶりにロベルト師匠に曲を見てもらった。台所で耳を澄ませていた奥さんがひょいっと顔を覗かせ、
「そんな眉間に皺を寄せて愛を囁くの? 笑顔で囁かなきゃ」
と言ってコロコロ笑った。
三月も末、一度音楽院から家路に向かうカミュを見かけた。その表情は、今年の初めより随分柔らかく精神的に落ち着いているように見えた。
カミュが精神的に落ち着いているってことは、「契約」が上手くいっている、そこに葛藤を感じなくなってきたって事で、俺はますます崖っぷちってことだった。
「だからさ! お前はヴァイオリニストであって楽器屋じゃないだろ!」
「いや、だからと言って俺の顔写真のアップとか、必要ないだろう……?」
四月に入って、少し自分のウェブサイトを作るのに難航した箇所を相談したアレックスは俺のサイトを一目見るなり、「文房具屋?」と言った。
「でも、商品ってこの場合、お前だろ? だったら効果的な商品写真を使うのは当たり前じゃん?」
「いや、商品は音楽。曲です」と言った俺に、「でも、曲って見えないじゃん? オレ、昔っから演奏家とか音楽家とかのウェブサイトってダサくて嫌なんだよな。おんなじ芸術畑の人間の作品とは思えない」とアレックス。
アレックスはロンドン芸術大学卒でショウビジネスの世界に魅かれて流れながれてミラノにやって来た。今は若くて血気盛んなメンバーを集めてデザイン総合事務所を立ち上げて活動している。国際展示なんかのポスター・コンペティションに最近勝ち星を取っていて勢いがある。
「これ、うちの事務所で引き受けちゃダメ? ミロは器用だからまあ、パッと見いい感じに作れてるけどさ、色気がない。商品価値を進んで低く見積もってるから広告効果がヘボ過ぎ」
アレックスはじっと俺の顔と体をふむふむと眺めまわした。
「ロンドン時代と比べてもそんな劣化してないし。この顔と体を使わない手はないだろ」
ロンドン大学に通っていた当時、生活費の為と、カミュの居るアパートメントに帰りたくないという理由でかなり一生懸命モデルのバイトをしていた。アレックスはその頃からの友人だ。
「いや、だから、顔は演奏には関係ないって言うか……」
「いや。この顔、使おう。マージンは安くしとくからさ。その代りサイト制作にうちの事務所の名前とリンク貼って。管理はお前、自分で出来るだろ? だからうちはコンテンツの見せ方を重点的にやって……活動始めるのって、九月? 十月? CDジャケットとか、ブックレット……コンサートのポスターもこっちで作っちゃおう。てか、もう、これみんなに声かけてプロジェクトにしちやった方が良くない?」
みんな、っていうのは年に数回集まって騒いでいる若手のとんがった芸術家たちの事だ。
アレックスは俺の返事を待つことなく、事務所内に声を投げて撮影スタジオの空きを確認していた。そして、帰ってきた返事に右手で返事を返すと左手で携帯電話をいじって電話を始める。
「いや、アレックス、そんな勝手に決められないって!」
俺の慌てた制止の声に、アレックスは、
「いいから。面白そうだからやろうぜ。これからお前はエージェントのとこだろ? じゃ、そんな訳でコンテンツはこっちでやらせてもらうって伝えといて。あとCD作る時の予算聞いてきて」
アレックスは俺を追い払うように手を振ると再び電話相手との会話に戻った。もうアレックスの興味は俺からすっかり逸れて、見えたビジョンを現実のものにする為に走り出していた。
アレックスのデザイン事務所を出てミラノ街の石畳を歩く。俺の居心地の悪い感じはかなり跳ね上がっていた。俺は、お祭りは好きだけど、その他大勢として騒ぐのが好きだ。
真ん中でスポットライトを浴びて騒ぐなんて……。
もの凄くやり辛い。
はあ、と息を吐く。
やり辛いけれど、それが自分の人生を自分で作っていくって事だとは分かる。自分の人生はその他大勢なんて場所で眺めているんじゃ造っていけない。真面目に毎日生きてるだけでも作れない。
覚悟を決めなきゃね、と呟いてみる。
指先を足元から、ずっと先に続く道のその先を目指して伸ばしてみる。
努力は当たり前。知恵を使って、勇気を持って、ちゃんと自分の足であるかないと、ね。
びょん、と何個かの石畳を飛び越えた。目の先には広がるのは、見慣れたミラノの街並みとその向こうに広がる決して手に届くことは無い空という空間だった。
ビジュアルアートの世界は厳しい。例え有名な雑誌の表紙を飾るような作品を造ったって、一か月経てば別の誰かの作品を載せた雑誌が店頭に並ぶ。流行もあるから、当時「いけてる」感じのものがすぐに野暮ったくなって人の興味なんか引かなくなる。音楽事務所が適当に俺の写真を撮ってブックレットも付ければCDが売れる、なんて考えるのはとっても甘い。
「うん、だから、なるべく、流行とか関係なく、一つ一つの作品の完成度が高いものを作りたい」
その晩、アレックスの家でスカイプを繋ぎ、ネットの向こう側にいる友人達に言った。自分自身の音楽はそういう気持ちでやっているから、見える形にして人の関心を惹くならそういう写真を撮ってもらいたい。
「だから白黒写真? まあ、色にも流行があるけど、お前の場合は却下だな」
お前、自前でいい色持ってるし、とフォトグラファーのルーカが返す。
隣でアレックスが「それに音って白黒じゃないし」とぼそりと言った。
スタイリスト、フォトグラファー、メイクアップアーティスト、など色んな業種の人間で喧々諤々のオンライン会議をした。終わった時には空が白けてて、お互い云うだけ言い合って、アイデア出し合って、俺はいくつかの、どうしてもやってみたいことを伝え、会議の終着は、俺のスタジオ録音が終わり、本格的なバカンスシーズンに突入する前、七月最初の週末にミラノに集合することになった。
「はあい、バンビちゃんたち、じゃあファンデ塗って、着替えはそれからね!」
メイクアップアーティストの通称ジュディ(生物学的には男性)に肌のチェックと両頬への挨拶のキスを貰って四重奏のメンバーは三拍ぐらい硬直した。
「バンビって、誰の事だ?」
「複数形だったぜ」
「てか、化粧するのか? 俺たちが?」
どうしてもやりたかった事のうちの一つ、本格的に自分のプロモーションの為のホームページを作るのなら、是非彼等の事も紹介したかった。音楽院を中退する前の同期入学生で、一人遅れて卒業した俺を仲間に入れてずっとカルテットを組んでくれている。
「ライトが、結構きついからさ、塗っといた方がいいよ。写真写りも綺麗になるし」
げげげっ、という顔をした第二ヴァイオリンのパトリックに笑って答え、荷物を置く場所を指差した。「やってもらった方が楽だから、とにかく荷物を置いちゃおう」と。
ジュディは手際よくサッサとパトリック達にリキッドタイプのファンデーションを伸ばしていった。俺は待っている間に持ってきたバンドで前髪を全て上げてしまう。
「あら、肌、綺麗。ちゃんと調整してきたのね」
「そりゃあね、話が決まってから毎日ちゃんと水六リットル飲んだし」
「減量もした?」
「いや。減量っていうよりちゃんとストレッチして絞った? インナーマッスル系」
撮影当日、ミラノには綺麗な青空が広がっていた。撮影が早く終われば観光だ、美味いもの食べに行く! と息巻いていたパトリック達は、プロフィール用の写真、四人の集合写真、そして演奏している写真や映像と、予定を消化するにつれ静かに萎れていった。ライトの光はとっても暑い。加えて撮影は撮る側だけじゃなく取られる側も集中しないとだめだから、わりと疲れる。
「お前、プロだったんだなぁ……マジ疲れる。楽器弾いてる方がマシ」
死んでしまった魚の目のようなデロんとした目で、チェリストのシモーネが呟いた。
うん。だから、昔の俺の写真みて指差してバカみたいに笑うの止めてね、とペットボトルを咥えながら俺は呟き返した。
慣れていないだろうパトリック達のために、多めにとったはずの時間をきっちり使い切り、午前中は終わった。
午后は俺の宣材の撮影だ。伸ばしっぱなしだった髪をカットされ、服に合わせてスタイリストとヘアメイクが編んだり梳いたり、事前のイメージ画に合わせたり、その場のインスピレーションでコーディネートしてみたり。忙しなく人が動き出す。姿を整えて、フォトグラファーの前に立ち、視線を放ち、顔の表情筋や体の動きをミリ単位でコントロールする。
Online用の宣材を取った後、CD用の撮影に入る。楽器を小道具に、やっぱり髪型を変えたり、服を着替えたり。今日の俺は、沢山のアーティストたちの作品だ。サイトにはちゃんとクレジットを載せるから、彼らの仕事が正当に評価されるように俺も全力で彼らの創造の具現に尽くす。
「これ、クライスラーだよな? 随分甘く弾いてるけど、心境の変化?」
CD用に録音した曲をBGM代わりに流したスタジオで、カメラのレンズを覗き込みながらルーカが聞いてきた。一度、せがまれて皆で集まった時に弾いたことがあった。その時にルーカも居たんだろう。
「苦手って、言ってなかったっけ?」
ルーカの手の動きに合わせて視線を動かしながら、俺は口の端で微笑んだ。
「うん。心境の変化。苦手とか言ってられなくなった。全力で惹きつけとかないと戻ってきてもらえないから」
「あら、何、恋のお話?」
ジュディが嬉しそうに会話に混ざってきた。少し髪型を弄っている。
「そう。恋の話。でも、アドバイスはいいよ!」
声だけで返すと「失礼ね!」と言い返された。ルーカが、ジュディに向かって「続けて」とサインを送っているのが目の端に映った。ジュディはカメラに映らない場所に移動して質問を続ける。カメラのレンズ越しにルーカの鋭い視線が何かの一瞬を待って研ぎ澄まされている。シャッターの音が、不規則に響く。
「ね、どれだけ愛しちゃってるの? 前に指輪くれた人? それとも別人?」
「指輪くれた人。そんで、俺の指輪は拒否してくれて、今は訳ありで違う人の恋人してる」
「あらま。複雑。でも、あんたはまだ愛してるのね?」
ジュディの声が甘く優しい。
一月に見た、カミュの泣きそうな顔が胸に迫った。今も、同じような顔を見せてくれるか、解らないけれど……。
「駆け落ちして、攫ってしまいたいくらいに愛してるよ」
そういった俺に、「ヴァイオリンにキスして」とルーカの声がかかる。手にしたヴァイオリンをそっと顔の前に掲げて、少し顔を傾けて唇を寄せる。シャッター切る音がいくつも響く。一連の動作の中で、一際大きくシャッターを切る音が響いた。瞬間、あ、この一枚がCDのジャケットに使われるな、と頭の隅で思った。
猛暑の夏を過ぎ、新しい一年がやって来た。新入生の顔はあどけなく、アジアからの外国人留学生の少し不安そうな顔も目立つ。ちょっとズルをして、昨年のカミュの成績を覗いた。几帳面に、真摯に音楽に取り組んでいる成果がきちんと反映されていた。夏期講習も受けていたし、少しは演奏を楽しむ余裕が出てきていたら嬉しい。
さて一方の俺は、九月末から本格的に地方巡業の始まりだった。演奏会は大きいホールなら一、二年単位で予定が組まれているから、隙間を狙っての小さな教会でのコンサートが主流だ。自由に動けるのは週末だけれど、週末は教会の行事がそれなりにあるから、小さなコンサートは平日の夜に多い。だから今学期はなるべく受け持ちの授業を午前に固めてもらった。午前の授業が終わったら、夜の演奏会のある場所まで車で移動。深夜を回って帰宅する、という計算だ。
何せ作ってしまったCDの在庫があるから、車で行ける範囲に仕事があれば有難いと思わないといけない。最初の街は、レコード会社の社員のつてで、ローマから車で二時間の場所だった。地図を見て車を走らせるのが好きだったけれど、念のためにと新たに購入したGPSナビがさっそく活躍してくれた。たぶん、これが無かったら辿り着けなかった。
だって、街に入るのに必要な分岐点で、あるべき道路標識が無かったんだ。地元の人に話を聞いたら、何年か前に壊れてそのままだとか。
直そうよ、そういうモノはさ!
へこたれないぞ、と気合を入れなおして本番前の数時間を伴奏者との合わせに使う。伴奏してくれるのは、地元の小学校の音楽の先生。こちらで伴奏者を用意出来ないのだから仕方がない。問題は、どれくらいの人に来てもらえるだろう、と心細く思っていたら、こじんまりとした教会は二階席まで埋まってくれた。
「みんな、楽しみにしてたんですよ」
と小学校の先生から優しい一言。楽しみに、っていうか、うん、何だろうこれって、思うよな、このポスター、派手恰好良すぎて……。田舎って娯楽少ないし……。
事務所の目標はもの凄く露骨で、目指せ第二のデイヴィッド・ギャレットだ。
「『クラシック界のベッカム』って、彼、ドイツとアメリカの合いの子だよね? ベッカムだったらイギリス人の君の方が正統だよね」なんて、訳の分からない理屈でテンションを上げていけれど、史上最年少でグラモホォンと契約し、コンクールの経歴なんて必要としない人と比べるのは止めてほしい。イタリア人の身内贔屓は露骨で激しいけれど、うん、そこは冷静になって欲しい。
小一時間半の演奏会が終わったら、聖堂の外のホールで自分のCDを売る。サインをお願いされたら有難くペンを握らせて頂く。段取りは理解していたけれど、一個一個のサインが全然同じに見えない事は、予想外だった……。
なんか、物凄く偽物臭くないか自分? いや、何が、どう偽物なのかわからないけれど……。あ、偽物臭い演奏家ってこと?
途中で、うっかり出してしまった答えに軽く落ち込む。そんな俺を、どんな風に見たのか中年以降の女性は力強いボディタッチで励ましてくれて、お若い方の女性の方々は携帯で容赦なく写真を撮ってくれていた。やっぱり、演奏家っていうより、見世物的な要素が強い。
それでも、観客がゼロとか、CD売り上げ無し、なんて事は免れたから、なんとかこの調子で頑張れそうか、と思っていたら、とんでもない落とし穴が待ち構えていた。
二度目のコンサートは金曜の晩。三度目のコンサートはその二日後の日曜日の夜。二つの街は七〇〇キロほど離れていたけれど、移動時間は丸一日以上たっぷりあって問題は無いはずだった。
ところが、金曜の演奏会が終わって携帯を開いてみると、テキストメッセージが一つ。
件名:スケジュールの変更
内容:日曜の午後6時から→土曜の午前9時
やられたっ! と思った。変更じゃなくてこれ、連絡ミスだろう? と思ったけれどもう事務所の電話なんて繋がらない。予約していたホテルをキャンセルして、俺は急いで車を北へと走らせた。時速一〇〇キロで全行程を走って約七時間。ナビは七時間三八分かかると言っている。ナビが正しければ、なんとか六時前には到着できる。
無料高速道路(スーパーストラーダ)を休みなく走ってきっかり七時間。なんとか街に辿り着いて、教会から一番近いモーテルに飛び込み一時間だけ仮眠を取りシャワーを浴びて教会に行った。伴奏者には前日の、つまり昨日の夜に合わせをやるという連絡が入っていたそうで、平謝りだった。
そして、演奏会本番、不機嫌な伴奏者とは最後まで息が合わず、俺自身は指が縺れて、音を飛ばしたり、余計な音を出たり、といったミスを連発した。
悔しかった。凄く、悔しかった。睡眠不足と低血糖症で、指先が痺れていたけれど、それだって自己管理のうちだ。体力がもっとあれば大丈夫だった筈だ。本番前に、飴玉の一つでも舐めておけば良かった。
そして、さらに悔しさに追い打ちをかけたのが、演奏会の出来なんかに関わらず、CDを買うために並んだ人が居たことだ。ルーカ達の力作であるジャケットやブックレットがあるから手に取ってもらえている。自分の演奏の出来なんか関係ない。それが、とても悔しかった。
モーテルに帰るなりベッドにダイブし、次に気付いた時は夜の八時を回っていた。
カミュの声が無性に聴きたかった。
我慢出来なくて携帯を開き、十回コール音を鳴らしても出なかったら電話を切るから、と自分に言い訳をしてカミュに電話を掛けた。
八回目の呼び出し音の後に、カミュの抑えた声が耳に届いた。ほっとした。けれど、俺の声を聞いた後、電話口の向こうには気まずい沈黙が広がった。きっと、携帯の表示画面を確認せずに出たんだろう。
カミュが伝えてくる柔らかな拒絶は、俺の気持ちをさらに冷たく落としたけれど、ここまで気落ちするとカミュの都合も考えず甘えたくなった。
ダメもとだ。
そんな気持ちでカミュの十一月の予定を聞いた。十一月に、フィレンツェの教会でコンサートをする。その時に、伴奏をお願いする事は可能だろうか、と。
フィレンツェならローマから二時間もあれば到着できるし、曲目はカミュが音楽院に入る前に何度か伴奏してくれた事のある、いわゆるとってもメジャーなソナタばかりだ。
一日、時間を割いてくれる事は出来るだろうか、と尋ねると、短くは無い躊躇いの後、カミュは、「ユーリに確認してみないと分からない。後でまた連絡する」と言って電話を切った。
速攻で断られなかっただけましなのかな、と思い、怠い体をベッドから引きはがしてローマへ帰宅した。
そして、月曜の午後、カミュから二行のテキストメッセージが届いた。引き受けられない、という一文と、「I’m sorry」という一言が。
事務所にはきつめに苦情を言い、貰うスケジュールを鵜呑みにせず慎重にチェックをすると決めてからの数週間は平穏無事に過ぎた。
まあ、あの失敗は、販促の為に無理して会場を探したり抑えたりしていたからかな、と思え始めた頃、カミュからまたテキストメッセージが届いた。内容は、車「だけ」を明日貸して欲しい、というものだった
「車だけでいいって言った」
「この車には、運転手の俺はオプションで付いてきます。取り外しは出来ません」
俺の姿を見るなり挨拶も抜きにカミュが言ったので、こちらのも間髪入れずに言い返したら、素敵にぶすくれた顔を見せてくれた。
あれ? カミュ、少し可愛くなった?
幼くなった、というか、表情が素直になった。素直に、不機嫌です、と表情に出すのを隠そうとしている所を見せている、みたいな?
いかん。こんぐらがった。
まだむすっとした顔のまま助手席に座っているカミュをちらりと見て思う。完全に、「女の子」だ。
カミュの契約相手はカミュより4才ほど年上のはずだ。という事は、上手く手の上で転がしているんだろう。俺みたいに懸命に背伸びして無理矢理カミュの「素」を引っ張り出そうとするんじゃなく。
カミュはロスとか年上の相手に甘える傾向があるから。
カミュは否定するけれど、必要以上の突っ張りは甘えと一緒だ。
ああ、胃が、痛い。
痛みを散らすために息を吐くと、カミュの表情が、硬く強張った。
目的地の大学付属の動物病院に着くと、車を所定の駐車スペースに停め、受付で来院を告げた。朝一番の診察のはずなのに、二〇分以上待たされる。まあ、二〇分で済んだのなら御の字なのかもしれないが、カミュはハレクイン種のウサギのルーファスが入ったキャリングケージを膝の上に乗せたまま、背筋を垂直に伸ばして時計を睨んでいた。ようやく診察室に通され、幌をしたキャリーバックからカミュがルーファスを抱き上げ診察台の上に乗せた。
数日前から食欲が落ち、うまく食べ物が食べられないというルーファスは、口元が唾液で濡れ、零れる唾液が気になるのか頻りにくちゃくちゃと口を鳴らしていた。
動物の体から異常な分泌があるかどうかは、動物の健康をチェックする時に一番に観察される点だ。触診する学生の隙間から除くと、ルーファスの左目が僅かに飛び出ていた。
脳腫瘍か? 牛や羊だったらプリオンも疑えるけれど、生憎ウサギの事は詳しくない。
カミュの告げる症状をイタリア語に直しつつ、主治医との問診は進んだ。来院の理由は、一週間前にもルーファスを診察に連れてきていて、今も症状の改善が見られない事とやはり左目の異常が気になって、という事だった。
医者も首を捻り、これ以上の事はレントゲンかCTを撮ってみないと見ないと分からないと言う。カミュは一度唇を噛みしめるとCTを選択した。
結果とルーファスを引き取りに関する連絡先は俺の携帯にしてもらった。レッスンの最中に電話がかかってきても取れないからだ。もっとも、この理由は「それはお前だって同じだろう」とカミュに睨まれたが、幸い午後にレッスンは入れていない。イタリア語にも困ってないし、と呟けば、カミュにはそっぽを向かれた。
結局、CTの結果連絡その他は、お互いのレッスン時間に被さらない夕方五時を過ぎてからやってきた。カミュの携帯にテキストを送り、校門で待ち合わせて病院に向かった。見せられた頭部の画像には、最初に俺が危惧したような腫瘍の真っ白な塊ではなく、硬い膜に包まれた膿の塊が映っていた。
菌の種類はまだわからないが、すぐに抗生剤を処置した方が良いだろうということになり、ペニシリンが選ばれた。これが、一番汎用性があるからだ。
通院して皮下投与をするか、自宅で行うか、の問いにカミュは自宅投与を選んだ。処方薬が揃うのを待つ間に、学生がカミュにウサギへの皮下注射のやり方を簡単に説明した。カミュは、瞬きもせずその説明と学生の動作を見つめていた。
タクシーで帰れる、というカミュを無理矢理助手席に押し込んで俺はカミュの暮らす家に向かった。
病院では、時間外、という事で今日の分のペニシリン注射をして貰えなかった。俺が補助するから今日の分を済ませよう、と言ってこれまた問答無用で初めてカミュが「契約」相手と住む家の中に足を踏み入れる。
「ウサギが足を踏み入れたことの無い部屋とか、このダイニングテーブルでもいい。動物は知らない場所では暴れないから。大きいタオルある?」
心頭滅却、見ざる、聞かざる、言わざる、諸行無常に色即是空?
とにかく、ウサギ以外なんにも見ない、考えない。と、自分に言い聞かす。
「ウサギをタオルで包んで……首の後ろ、うん、その辺を掴んで引っ張る。この三角形の底辺のちょっと上あたりに針を入れる。あ、待って。針で刺す前に刺そうと思ってる辺りを指で、こう、トントン、と叩いて……。そうすると針を刺した時あんまりびっくりしないから。針を刺すときおっかなびっくりじゃなく素早く。うん。上手に刺さってる。で、薬を入れるときはゆっくりと……」
「これ、針が詰まってるんじゃないか? 全然、動かない」
カミュが焦りの表情を浮かべた。どれ、と思ってカミュの手の上に自分の手を被せシリンジを押してみる。確かに、結構な圧を感じた。
「薬自体が粘ってるみたいだし、痛くないようにかなり細い針にしてあるって言ってたし。もっと押して平気だよ、ゆっくりとだけど」
そう言って、一ミリぐらい針を引いてから、カミュの親指にゆっくりと圧を掛け、カミュの手を握りこむようにして薬を入れ切った。
ほっ、と肩の力を抜いたカミュに、「手、随分しっかりした感じになったね」と言って笑うと、カミュは、「まあ、それなりに使ってるから……」と、何故か居心地悪そうに、ウサギを見詰めたまま言った。それからカミュは、ルーファスを毛布を敷いたエクササイズパンに戻し、注射器を片付けた。
「色々、付き合ってくれて有り難う。……やっぱりまだ、医療用語は分からないことが多くて……正直、助かった」
ウサギから目を離し俺の目をしっかり見て感謝を伝えてきたカミュの顔には疲労の色が濃い。きっと、今週はルーファスが気になって、あまり眠れていないのだろう。俺は思わず言ってしまっていた。
「俺、通おうか? 薬、やるときの補助とか……保定が必要だろう?」
「いや、それはいい。……力の加減も分かったし、この子は大人しいから、次からは一人で出来るよ」
カミュは視線を反らして俺の申し出を柔らかく拒絶した。カミュの役に立てるかもしれない、という昂揚感はあっという間に萎んだ。玄関に向かって歩きながら、俺もカミュの顔を見れずに言った。
「でも、ウサギに関しては、ほんとに変な遠慮しないで俺に連絡して。もともとカミュにウサギを飼わないかって勧めたの俺だし」
「お前が名前つけ変えたウサギだしな」
カミュは、口の中で小さな笑いを噛み締めるようにそう言った。
「……大丈夫だよ。心配しなくても、お前に知らせないまま死なせるようなことはしないから」
「だから、そうやって一人で全部やろうとしないでくれ、って言ってるのに……!」
少し焦れて強い声を出した時、足はもう玄関の扉の前まで来ていた。急に、とても離れがたくなってカミュの手を取った。挨拶代わりに、時代がかったキスを指にでも落としたら、少しはカミュの俺に関してあきらめばかり溜め込んだ表情を変える事ができるだろうか? そんな事を考えてカミュの指を口元に曳いた。細いけれどがっしりとした骨組みの手の向こうに、驚きに軽く目を見張ったカミュの瞳が見えた。
俺は、カミュの指を放り出してカミュの唇に自分の唇を押し付けた。
カミュが一瞬体を硬直させたけれど、俺は構わず舌を唇の間に割り込ませた。そうするうちに、カミュの両手がふわっと持ち上がり、俺の背中を包むように抱いた。その手のしっとりとシャツに絡み付くような動きや、唇が一番深く合わさる角度に自分から首を傾けて相手の舌を誘う感じが、俺が知らない間にカミュが学んだものを包み隠さずに伝えてきて、胸が詰まった。
切ないのか、悔しいのか、ただ単に自分の記憶の中には居ないカミュがショックなのか自分でも分からない。ただ無我夢中でカミュの舌を嬲った。カミュの腕や掌が背中の上で俺の衝動を煽るように動く。求めて貰えているのかと思って首筋に口づけ、カミュの腰から服の中に手を差し込もうとした。
カミュが息を飲み、まるで反射のような素早さで、俺の背中にあった手が下りて来て俺の腕を捉えた。
「……だめだ」
ぎゅっと掴まれた腕が痛みを感じた。
「……そんな資格、私には、ない」
無理矢理押し出したようなカミュの声は、掠れて熱を帯びている。
カミュはまだ俺の事が好きだ。俺もカミュが好きだ。けれど、カミュは俺を避けて、困っても助けを求めてもくれない。カミュに掴まれた腕が痛い。心が痛い。
「資格って、何? カミュが俺と連絡取りたがらなかったり、頼みごとをしてくれなかったり……そういう事をするのにどんな資格がいるんだよ?」
俺はカミュの体をさらにぎゅっと抱きしめてカミュに言った。
「……そうじゃない。今の私は……お前の本気に応えられない」
「だから、待ってるって言った。カミュに必要とされたいんだ。避けるなよ。無視するなよ。いつでも、カミュが必要としてくれたらなんでもしたいんだ……!」
カミュの体が固く強ばった。息を飲むような、どこか普通じゃない気配があって、俺は少し心配になって腕を緩めてカミュの顔を見た。
カミュは、両目を見開いて、呆然と俺を見ている。多分、昔の自分を思い出しているんだろう。
今俺が言った事は、多分、俺がロンドンでカミュから逃げ回っていた時代に、カミュが俺に対して一番言いたかったことだ。
「……それなら……ひとつだけ……」
大粒のアーモンド型の瞳が、きゅっと細められて、カミュがそう絞り出すように呟いた。
ああ、最近の俺は、カミュに会う度に泣きそうな顔をさせている。だからカミュは会いたくないんだろうか、と思った。
「……あと一年……一年だけ、他の誰にも心を移さないで、待っていて───」
「そんなの……」
呆れて、ため息のような声しか出なかった。そして、ああ、カミュは本当に覚えてないんだ、と分かった。去年の春、やっとの思いで音楽院での一年を終了し、ガチガチだったカミュの精神的な鎧を大量のアルコールと性欲の発散で緩めた。その時、カミュは俺に言ったんだ。卒業するまで待っててくれって。誰も好きになったりしないでくれって。
「カミュ、俺、カミュにプロポーズしてるんだよ? カミュから貰った指輪、今も付けてるんだよ? 一年でも、五年でも、十年でも、カミュが本気で待ってくれって言うんなら待つよ。でも、その代わり、遠慮とか、避けたりしないでよ……」
泣きそうなカミュの目を覗き込んでキスをした。カミュは、もう唇を開こうとはせず、両手をきつく握り締めていた。
「──ひとりで、乗り切るって決めたんだ。……それが出来なかったら、きっと一生自分に自信が持てないままで終わるから……だから、ごめん」
「カミュは頑固だ……」
その頑固さの責任の半分は俺にあるから、ふっと息を吐いて気を散らしてから、閉ざされてしまった唇に何度もバードキスを贈りながら、「じゃあ、今年のクリスマスもミサに来てくれないよね?」、とカミュの瞳を覗き込んだ。
「……うん。多分……スケジュールは全部ユーリが管理していて、勝手に外を出歩けないから……」
俺は、大きく息を吐いて背筋を伸ばした。もう一度カミュの唇にキスをする。
「あのさ。実はもうカミュへのクリスマスプレゼント、決まってるんだ。本当は直に渡せたらよかったけれど……それならポストに入れておくね。多分、カミュは絶対に笑うと思うけど、まあ……うん。一応、俺も俺なりに頑張ってるよっていう報告みたいなものだから、喜んで貰えたら嬉しい」
だから、開けないうちにウサギに齧られちゃったりとかしないでちゃんと受け取ってね、と言ってカミュの頬と鼻先にキス。少しずつカミュとの体の距離を離していく。
「──楽しみに、しているよ……」
やっと、カミュが少しだけ笑った。
今年のカミュへのクリスマスプレゼントは、九月にリリースしたCDと十二月二十五日にYoutubeにアップロードする予定のバッハのシャコンヌだ。
事務所側の、俺の外見や、メジャーで聞きやすい音楽で売っていきたいっていう考えは分かる。それも一つの方法だから、それで名前を憶えて貰って次のチャンスに繋げるっていうのは十分「あり」な戦略だ。
でも、そういう音楽以外のところでなく、音楽で評価して欲しい、その願いはどうしても消せなくて、だから、聞いてもらいたい曲をPVとしてYoutubeにあげる事にした。
第一弾は、バッハのシャコンヌだ。
昔、クィーンズベリで転科試験の時に弾いた課題曲。どうしても思い通りに弾けなかった。そして、そんな俺の悩みなんて見通していたかのように、カミュもまたこの曲を試験の課題に選んだ。
あのカミュのバッハが無ければ、今の俺は此処にいなかった。カミュのバッハは俺の道行きを照らし、力強く背中を押してくれた。
だから、今度は俺が、このバッハをカミュに捧げる。
今度は俺が、カミュの音楽を支えるものたちの一つになれますように、と願いを込めて。
カミュ、君に、このシャコンヌを捧げる。
[裏話]
グラモホォンは、三年前のパガニーニの二位、という事でリサーチをし、写真を同封していなかったミロの写真を見て興味を持った、という設定です。ミロが一生懸命さらって録音したCDは一番最後に聞いて貰えました。そして、その感想は、「このソトガワ持ってて、随分渋い選曲、演奏だね」という評価でした。それなのでグラモフォンからの次の連絡は、クライスラーとかロマン派の曲を送ってくれ、というものでした。ミロは「ああ、やっぱりそう来たか」と思いつつ、これまた必死でさらって録音を送り、グラモホォン側で「いけるんじゃね?」ってお返事を貰って、グラモホォンと付き合いのある音楽エージェントを紹介してもらってドイツくんだりまでお話に行ったのですが、CDを売り出すのに伴うモデル・スケジュールの厳しさにそのエージェントとの契約を断念。イギリスのDECCAは、ミロがイギリス人でパガニーニの二位、という事にとても乗り気だったのだけれど、やっぱりイタリア拠点を諦めなくてはならない状態で契約を断った、という感じです。(イギリス人のパガニーニ入賞者は、1963年の第五位、1996年の第二位の二人だけです)。
後でこのお断り事件をロベルト師匠に知られ、ミロは「演奏に専念するつもりじゃなかったのか? イタリアの音楽院での講師にしがみついてどうする!」と宇宙人を見るような目で叱られています。
実際に演奏家の方々がどのようにお仕事を取ってくるのか、CDを出してもらえるのか、良く知りませんが、雰囲気だけは、こんな感じの事がありましたよ、という事で。