新しい家族

今日、ミニ・サテンのマンゴーが家にやってきた。


先週の木曜にえせる、プチとの二度目のお見合いをして、特に危機的な状況に陥らなかったことから、家に迎え入れるオスを彼に絞った。
ここから先のお見合いは、えせるとプチのテリトリーである我々のアパートで行うことになる。
数週間様子を見て、特に喧嘩が起こらなければ、正式に彼のオーナーとして認められる、ということだ。
その日は、早めに帰宅させてもらい、家を片付け、マンゴーの為のケージを用意した。
我が家では、実はウサギ用ケージを使っていない。
事務用デスクの下に敷き、椅子の滑りをよくするプラスチック・マットを置き(足下を清潔に保つため)、その周りを犬用のエクササイズ・パンで囲っただけのものだ。
トイレは猫用のメッシュ付きの大きなものを使い、牧草もそこに入れている。どうにも、彼等は牧草を食べながら用を足してしまう事が多いからだ。
私達が買っている牧草はHRSが分けてくれる馬用のもので、純粋なチモシーではなく色々な葉が混じっている。より自然に近い草なので、彼等もよほどお腹の空いたときでなければ好きな葉だけ選って食べる。値段も80リットルの衣装ケースに圧縮で詰めても2ポンドなので、尿で汚れたらとりかえることにしている。
ロスはエンセファリトゾーンを煩っていたから、サークルは念入りに洗い、念のため、ロスが使用していたトイレとプラスチック・マットは使わないことにした。
夜七時半過ぎ、ジョージが重たいキャリーを抱えてアパートを訪れた。
今迄迎えた事のない大きなウサギだ。今のケージの大きさで大丈夫か、と尋ねたら、十分だとお墨付きが返って来た。
ところが、彼はキャリーをサークルの中へ置こうとしない。
ジョージはぐるりと部屋を見渡し、キッチンを覗き込んだ。
「ここがよさそうだ」
彼は、満足げにそう言って、我々に使用許可を尋ねた。
リビングに大きなスペースがあるのに、わざわざキッチンを選んだ理由を尋ねると、至極明快な返答があった。
1)この家は彼女達のテリトリーであり、まず、えせるとプチのテリトリー内にマンゴーを放しても喧嘩が起こらないかを見たい(メスの方が厳密なテリトリーを持っており、下手をすると殺し合いの喧嘩が起こる)
2)キッチンは通常ウサギが入らない場所であるので、家の中でも比較的ニュートラルな場所だと言える。えせるとプチを必要以上に刺激しないための方策。
3)更に、キッチンはタイル敷きなので、肉球がないウサギ達には滑って走りにくい。もし喧嘩が起こりそうになっても、スピードがつかないので激しい喧嘩にはなりにくい
というわけで、キッチンが駄目なら通常バスルームを使う、とジョージは笑った。
成程。
人間が考えるほど、ウサギの世界は簡単ではないらしい。
私達がキッチンをサークルで閉鎖すると、ジョージはその中へキャリーを置いてマンゴーを外に出した。
ジョージは次に、プチを捕まえに行ったが、我々でも手を焼くじゃじゃ馬娘の捕獲に失敗し、派手に腕を引っ掻かれた。そこで、えせるを取り上げ、キッチンに運び込んだ。
お見合いの段階から、えせるとマンゴーはそれほど相性が悪くないように見えた。お互い、去勢(避妊)してしまっているからかもしれない。特に怯える様子もなく、二羽で勝手にキッチンを歩き回っている。
「彼女がマンゴーを追いかけないなら、大丈夫だろう」
えせるとプチの間では、現状えせるの優位が決定しているので、彼女がマンゴーを受け入れれば大丈夫だということなのだろう。
十五分ほど様子を見た後、ジョージは「あまり長時間やると疲れて喧嘩を始めるから」とえせるをキッチンから出した。
それから、ジョージは A4 サイズの紙にびっしりと書かれたこれからの手順書を我々に手渡し、とにかくゆるやかに事を運ぶよう何度も念を押した。
1)到着から1週間は、ケージの外へ出さない。これはトイレの躾の為に非常に重要。エクササイズは1日15分ほどケージから出す程度にし、疲れさせないようにする。
(到着後すぐは、ウサギは非常に緊張している。このため、成兎でも弄り回すと体調を崩す。自分の家が安全だと認識するまで、じっくり休ませる意味もあると思われる)
2)到着から一週間は、他のウサギと同じ場所に放してはいけない。もとからいたウサギにとって、新たに来たウサギは侵入者であり、やってきたウサギにとっては、最低でもこれが3番目の家である(最初のオーナー、HRSについで3番目、という意味)。両者が、安心して落ち着き、オーナーに愛されていると認識するには時間が必要。双方を十分にケアすること。
3)ケージの配置する。他のウサギのケージと隣り合わせにおき、ケージの間に4〜6インチの隙間をあける。決してウサギが直接相手に触れないようにする。金網越しに相手を噛む事があり、その場合、噛まれたウサギはしつこくそのことを覚えていて、次に会った時に派手な喧嘩になる。同様に、新たにやってきたウサギのケージの周りに他のウサギを放してはいけない。
4)一週間過ぎたら、他のウサギとの相性をみる。ニュートラルな場所(普段うさぎが行かない場所)で、足下が少し滑るくらいの場所がよい。台所かバスルーム、バスタブの中でもよい。最初は15分〜30分ほど、ウサギたちが疲れて険悪になる前に引き離す。2歳以上のウサギは疲れ易いので、短めに時間を設定する。
5)ウサギ達の行動に注目する。お互いに、同じ動作をするようになっているか? 一方が寝そべったらもう一方も寝そべる、一方が顔を洗ったら他方も顔を洗う、など。お互いケージの中でも相手に近い場所に寝るようになっているか? お互いの毛を舐めてやる行動がみられるか? など。
6)上のプロセスが済み、ウサギ達の行動にシンクロが十分みられるようになったら、最後に、ケージの交換を行う。お互いのケージはそのままにして、うさぎだけを毎日交互に入れ替える(こうすることによって、テリトリーを曖昧にする)。お互いの匂いに怯えなくなるまで続ける。
7)以上がすんだら、同じケージに放してもよい。くれぐれも、事を性急に運ばないこと。遅すぎるくらいの方がよい。
もし途中で相性が悪いと判断されたら、またHRSへ里帰りすることになるらしい。ウサギにとって幸せな家庭を探す、という意味で、なかなか徹底している、と感じた。
ジョージは、それから別の紙を出し、かかりつけの病院などを尋ねたあと、アダプションの書類にサインを求めた。
え? ということは、今日から一応(相性が悪くなければ)この子は家族になるのか??
驚いたが、それ以上に、胸が弾んだ。
この子は、ロスの生まれ変わりではないかもしれないけれど、ロスの魂がとけ込んでいるような気がしてならなかったから、出来るだけ早く側におきたいと思っていたからだ。
アダプションの費用として20ポンドを支払う旨が書類にあり、その額の少なさに驚きながらもサインをして小切手を切った。(HRSは無料ではウサギを譲らない。去勢、避妊の手術費用がかかっているためもあるが、無料で譲ると爬虫類のエサにしてしまう悪質な人間もいるから、というのが主な理由であるらしい。だが、20ポンド程度では当然赤字になるのは、この子を救い出し目の手術までした事を考えれば明らかだ)ジョージは書類のサインを確かめると、笑って私を見上げた。
「ところで、この子の名前は決まったのかい?」
私は、一瞬、言葉につまった。
「……いえ、まだ………」
アイオロスが、ちらり、とこちらを見た。
「マンゴーというのはニックネームで、この3ヶ月呼ばれていただけだから、新しい名前でも十分に慣れるよ」
ジョージはそういって、空になったキャリーを取り上げた。何かあったらすぐに電話をくれ、と念をおして、彼は夕闇の中戻っていった。
新しいケージに移されたマンゴーは、特に怯えるふうでもなく、立ち上がってケージの外を眺めている。
「……ロス。」
「……なんだ」
「その……彼の名前なのだけれど……」
アイオロスが、少し片眉をしかめて私を振り返った。
「……また、アイオロス、にしてもいいかな……?」
アイオロスのもう一つの眉が寄った。
「……この肉まんじゅうみたいなやつを、か?」
「でも、目はロスに似ているし……ほら、仕草もよく似ているじゃないか。今度こそ、えせるより体も大きいし。」
マンゴーは、自分の名前を取沙汰されているとも知らず、好奇心たっぷりの表情であちらこちらを見渡している。その無邪気な顔は、小さなウサギのロスが初めて我が家にやってきた頃の表情にそっくりだ。
「……きっと、ロスの魂が、彼ならえせると互角以上に張り合えると思って、また此処へ戻って来てくれたんじゃないかな。彼と一緒に。」
ロスは、プライドの高いウサギだったから。
ふと笑みがこぼれた。本当に、良く似た仕草をする。オスのウサギというのは、皆そうなのだろうか。
初日はあまり構ってはいけないのだけれど、少し頭を撫でてやるくらいは、と手を伸ばす。
マンゴーは、じっと、鼻先を掌に押し付けてきた。
そういえば、小さなロスは、最初はこんなに簡単に撫でられてくれなかったな……
それも何だか気心の知れたロスのお陰のような気がして、胸が暖まる。
背後から、短い溜息が聞こえた。
「……好きにしろ。」
フォトフレームの中の小さなアイオロスが、無邪気な表情でこちらを見上げていた。

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