午後六時四十七分。
とっぷりと日の暮れた暗さに携帯の時刻を確認すると……確認するまでも無く、もうすっかり夜だ。
十五時の約束が、十六時にずれて(このあたりが、カミュがイタリアで仕事をしたくないという理由らしい)、それから十年来の恩師の所に行ってレッスンを受ける。二月にあるアントン・ストラディバリ国際コンクールから始まる一連のコンペティション用の曲を見てもらう為だ。
ソリストの為のコンペティションは大体上限が申し込みの時点で30歳以下が相場だ。もちろん年齢制限のないものもあるにはあるが、本当にわずかで、中には四年に一度とか、ジュネーブのようにいつ自分の分野がその年の部門になるか分からないものもある。
どのみち、来年一杯でなんらかの形を掴まなければ厳しい俺には無用のものだけれど、年齢の事を考えると恩師に言われるまでもなく、やはり気持ちが重くなる。
いくら三十までといっても、結果を見れば一目瞭然。賞を攫うのは十代、いっても二十代ごく前半がほとんどで、バイオリンなど年々受賞者の年齢は下がっている。十代半ば過ぎで一位、なんて事ももう全く珍しい事じゃない。
理由は、いくら芸術だ音楽だと言っても、結局コンペティションの場で楽器を弾くという事はスポーツと一緒、という事だ。
指の回る絶頂期を過ぎればどんどんと技巧は衰退していくしか無い。肉体の限界だ。
技術の伝承は積み重なり、系統化され、百年前なら習得に生涯をかけなければならなかった域に、整えられた環境、論理だった指導によって二十歳を過ぎなくとも到達出来るようになった。
コンペティションの場において、一番公平に評価出来るのは技術だ。それ以外が軽んじられる訳ではないけれど、まずは技術ありきで、その技術の基準は年々若い奴らによって押し上げられている。
三十目前の俺なんかは、本当、年寄りの冷や水って感じなんだよな……。それでも、そこで怯んだって何も始まらないから、毎日やれる事とそれ以上の事を少しずつ重ねて前に進んでいる、つもりなんだけど……。
携帯を開いたついでに、路の向こうから来るバスを見ながらカミュの携帯に電話する。
4コール目にはすぐにカミュの声が耳に届く。
「Hi! 仕事終わった? お疲れさま」
あと三十分くらいで帰れると思う、と短く伝えて、伝えた自分の声が疲れていた事にはっと気付き慌てて、
「今日の晩飯何?」
なんて、今の今まで思っていなかった事を口走った。カミュが、気にしなければいいのだけれど……。うまく、誤摩化せたかな? 誤摩化せませましたように、と天を仰ぐ。
師匠に見てもらっている間に、昼から来てるはずのカミュの事につい気が反れた俺が馬鹿だった。師匠の久々の雷は骨に沁みた。目の前の事に集中出来ないで、何が賞取りだ。
楽器を肩に背負い直し、やって来たバスに乗り込み、狭い通路を後ろへと移動する。窓の外では暗い夜の色と明るい窓や街灯がくるくると追いかけっこをするように目紛しく流れて行く。出したい音も、再現すべき構造も分かっている。大丈夫。出来る。目を閉じて自分の中に流れる音に耳を澄ました。
ヴェネツィア広場の前のバス停でバスを降り、早足で路を歩いて十分と少し。事務所の台所の方が使いやすいし、ピアノもあるからと言っておいた通り、カーテンの下りた事務所の明かりが暖かく目に迫る。
ポケットの中に突っ込んでいた鍵を取り出し、静かにドアを押すとピアノの音がふわっと顔に流れて耳をくすぐった。
うわっ、生のカミュだ……!!
ここ一年近く、ロンドンのカミュの家に訪ねて行く事はあってもカミュがこっちに来る事は無かった。ピアノも、調律はやってもらっていたけれど、ずっとカミュに弾いてもらえないままだったんだ。
肩から荷物を落として、戸口でぼおっとカミュに見とれていたら、指を止めたカミュが立ち上がってこちらまで来て、柔らかく笑って「お帰り」とキスをしてくれた。
うわーぉ……。三次元カミュ、さすが、あったかいし、感触がある。抱き返して腕に来る肉とか骨の触感とか、温度とか−−−凄く気持ちがいい……。
「今、弾いてたのクリスマスにやるの?」
何度も唇とかほっぺたとか鼻先にキスをしてカミュの目を覗き込むと、
「まだ、決めていないけれど……気に入ったのなら、プログラムに入れようかな」
応えてくれた唇に、押し付けるようにして自分の唇をくっつけて、溜め息を一つ漏らしてカミュの唇を少し舐めると、カミュの舌もその奥から忍び出てきてお互いの舌が触れ合った。首を深く傾げてもつれ合わせているうちに、どんどんカミュを離し難くなっていった。
奥から、色々してくれたに違いない料理の匂いがするのは分かっている。けど……。なんだかもの凄く自分が即物的で、カミュの嫌いなムードの無い事考えてるとは、思うんだけど……。
少し後ろめたくて、額と鼻先を合わせた状態で、「カミュ、お腹空いてる?」
と自分なりに、少しは遠慮して聞いてみたつもりが、笑われた。
笑うなよ、とは言えないか……自分でもまあ、うん、まずいかな、この質問は、とは思ったもんな。
朝から今日は何を食べたのだと聞かれ、正直に、大量に買ったリンゴが不味かったので適当に煮・焼きリンゴにしたのとヨーグルトとアーモンドのスライス、コーヒーと……あれ、今日、まだそれだけだ……。と呟いたら強制的にテーブルにつかされた。昨日はちゃんとパスタを食べたんだ。一昨日までは鶏のスープもあったし……などという言い訳は、もちろん取り上げてもらえるわけも無く、本気でそろそろ健康管理をいいかげんでしろ、と言われた。いつまでも若くはないぞ、と。
……まったくもって、痛い話です……。ついつい、時間を削るとなると料理を作る時間を削るのが一番手っ取り早くなってしまうのだけれど、それは今週の時間をあけたかったからで……なんて、言えないから、大人しく、気をつけます、とだけ応えておく。
ルッコラのサラダとジャガイモとセロリ、人参、エビと多分冷蔵庫にあった一切れしか残ってなかったベーコンを入れたスープ。雑穀の入ったライ麦パン。
「今の季節は水だけじゃ水分がうまく体に吸収されないんだ。塩っ気と、少し油っ気があるものでないと……」
と言いながら、向かい側の席から料理をサーブしてくれる。
「……なぁ、隣、座らない?」
折角一緒にいるのに、テーブルの向こうにいるのがもったいなくて、カミュに訪ねたら、少し、目を丸くされた。でも笑って移動してくれて、プチの事とか、ロンドンの様子とか、シシリーの家購入とか話しているうちに、結局しっかり向き合ってた。
つまり、テーブルが肘掛け状態で、これなら事務所のソファで食べた方が楽だったかもしれない。
正味三十分くらいの食事の間、カミュは軽くサラダを口にしたくらい。やっぱりやる前にはあまり食べたがらない。
せっかく、スープも、サラダも魚のソテーも美味しいのに……。途中、食後ちょっと準備に時間かかってもいいから、もっと食べない? とカミュに勧めてみたけれど、「お前がそれでいいならいいけれど」と、うっすら笑われてしまった。
「作りながら結構摘んだから。大丈夫だよ」とも。
ナサケナイ。食事の間中、結構カミュの体に触ってるもんな……バレバレか……格好つかねぇなぁ……。
食後の片付けを一緒にしようと思ったら、シャワーをどうぞと勧められ、カミュのシャンプーの匂いがうちの匂いだと気付く。
うわーっ、と思うのは、思っても、仕方がないと思う訳だ、この場合!
そっか、だから、こんなにサラサラなんだ、洗い立てか……とか思ってカミュの髪に触って、一房救い上げてぱらぱらと落とすと、音が鳴ってるみたいに綺麗にもと居た場所に戻って行く。ストレートの髪って、本当に綺麗だ。
遊んでないで、とっとと汗を流して来い! とカミュに背中を押されて閉じ込められたバスルームで一人。なんとなく、得体の知れない緊張とプレッシャーをひしひしと感じる。一度バスタブに入れた足をもう一度洗面台の前まで戻して歯ブラシを掴んでバスタブに戻る。
お湯を溜めながら歯を磨き、髪をガシガシ洗って、よく石鹸の泡を流す。手櫛が一インチ毎にストップする。
いつもなら気にしないけれど、カミュと一緒にシャワーを浴びると、カミュがいつも凄く丁寧にもつれた箇所とか解そうとしてくれる事を思い出し、手が止まった。
そりゃ、やっぱ、もしゃもしゃの頭で接近されるよりは……いいのか、な? 先のカミュの滑り落ちて行った髪を思い出して、もう歯が何本も抜けているプラスチックのバス用ブラシで、毛先から丁寧に解してみた。バスタブの中に座り込んで、上半身を屈めて自分の髪を泡の立った湯の中でといていくって、思いっきり肩と背骨が凝る作業だった。
(後で学生に聞いたら、ちきちんとコンディショナーを使うからそんなに大変では無い、と言っていた。そう言えば、パブリックの時にカミュからそんな事を言われた時もあった、ヘアデザイナーにそんな事を言われた事もあったと、芋づる式に色々思い出し、自分の記憶能力に青ざめた。)
やっと頭を済ませて、体を洗う段になって、カミュが洗ってくれる時に特に丁寧に洗ってくれる所を思い出しながら洗っていたら(カミュが丁寧に洗うってことは、特にそこの部位は清潔かどうか気になるところだという意味だと思うから)−−−情けない事に一度出してしまった……。結構、本気で情けなくなった瞬間だった。
そんなこんなで、絶対いつもより時間がかかった風呂から出た時には、既に夜の九時半近くになっていた。
腰にバスタオル巻いて、頭からタオルを被った状態でカミュの姿を探していると、キッチンの脇にあるさっきまで料理が並んでいた小さなテーブルに肩肘ついてロンドンタイムズを捲っている姿に行き着いた。
「ピアノ、弾いていれば良かったのに……折角いるんだから……」
そういって近付くと、ふっと視線を上げてこちらを見て微かに微笑んで、ゆっくり立ち上がって来てくれて唇の端にキスを一つ、くれた。
「髪、きちんと乾かせといつも言っているだろうに……」
大人しく、カミュの両手が俺の頭に掛かり、撫でるより少し強めに滑って行くその感触を楽しむ。カミュに髪を洗ってもらうのも、乾かしてもらうのも、凄く好きで気持ちがいい。目を細めてカミュの腰に手を回す。すると、諦めたような溜め息と一緒に、乾かすから移動、と言われた。
ブオーッ、という独特の音が頭の周りを旋回する間、ずっと俺はカミュの腰を抱き抱えていた。カミュは、少し、やりにくそうだったけれど、文句は言わずに俺のしたいようにさせてくれた。
パチン、とドライヤーのスイッチを切る音とフックに重いそれが戻される音を合図に、カミュの顔に自分の顔を近づけると、カミュの方からも近付いて来てくれて、お互いの唇同士で精一杯愛情を語る。
体がフワッと浮くような感じになった時、唇を離すと、カミュの喉がゆっくりと何かを嚥下する様子が見えた。
「カミュ……」
何を言いたいのかよくまとまらないうちに名前を口にしたら、
「きちんと服を着ろ。上に移動するんだろう?」
と言われる。バスや台所など水回り生活周りの事が一通り整っているのは一階のこの事務所なのだけれど、寝泊まりしているのはこの真上にあたる屋根裏部屋だ。そこにはバス・トイレも無く、一階下の階で共同のを使うか、ここまで下りてくるかになる。
一瞬、どちらでカミュと抱き合おうか迷った。
屋根裏部屋に戻らなければ買って来ておいたローションが無い。
事務所でやるのだとしたら、もう少しリネン類を上から取って来ないとソファでやるにしても床でやるにしても準備が足りない。
……やっぱり、上に行くしかないか……。
もう少し、堪え性出せよ、と自分を詰りながら、シャツとズボンだけ身につけて、後は荷物として狭い螺旋階段をカミュの背中を見ながら黙って上って行った。
軋む木のドアを開けて、屋根裏部屋に到着すると、天井からぶら下がる紐を引いて灯りを点ける。そして、音が漏れないように戸口の下に開いている隙間にボロ布を寄せて置く(別にカミュとそういう事をする時だけではなく、楽器を練習する時にもしている)。
楽器と鞄を壁際に寄せて、カミュに寒く無いか尋ねる。応えは寒く無い、との事だったので、窓際の暖房は付けずに、寝室(といってもドアの区切りは無い)に行って洗濯物を入れとく駕篭にシャツを放り込みクローゼットの中から大量にタオル類を出しておく。買っておいたローションの封をまだ切っていなかったので急いでプラスチックの包装を破いて、殻はゴミ箱へ。
一方の部屋に戻ると、カミュがぼんやりと窓から外を見ていた。電気湯沸かし器をセットして、カミュにシーツを取り替えるのを手伝ってくれるように頼む。
うちのベッドは、マットを二つ直接床の上に敷いているだけの簡単なもの。日本で暮らした時に、どこまで寝返りをうっても転げ落ちないスタイルが凄くよかったから真似している。マットと床の段差はあるけれど、ベッドで寝るより断然広いし、落ちてもたかがしれている。
古いシーツを剥がして、駕篭に入れる。二つのマットを括り付けている紐をまた閉め直して、二人でシーツの角を持って洗濯したてのシーツを被せてマットの下に畳み込む。皺もぴっぴっと伸ばして行くと、広々とした寝台の出来上がり。
さて、と準備万端でいざカミュを見ると、カミュはまだしっかりと服を着ていて、俺だけが上半身裸。
「脱がす? それとも自分で脱ぐ?」
笑って聞くと、「ミロの好きな方でいいよ」と答えが返って来た。
「だったら、さっさと脱いじまおう」
と言って、俺はカミュの方を見ないようにして残りのズボンと下着も脱いだ。そして、隣の部屋に髪ゴムを探しに行っている間に、カミュの方も裸になっていた。
腕を伸ばしてカミュを抱き寄せようとすると、カミュの方も腕を伸ばして来てくれていて、二人でしっかり抱き合った。抱き合って、何度もキスを繰り返して、カミュを押し倒そうとしたら、「ちょっと、」と声がかかった。
「今日は、お前が任せてくれる番。前回はこちらが譲ったから、今日は譲らないよ」
「え……?」
そりゃ、この間はもの凄く、譲歩して貰った、という自覚はあるけれど……。
カミュは俺の応えなんておかまいなしにさっさと目の前に跪いてしまった。それで……臍の下辺りとか、その生え際とかに軽くキスを繰り返しくれて……。
もの凄く、顔が熱くなった。カミュが今上を向いたら、絶対に顔が沸騰してるってバレる。そして、バレると思った瞬間に、背中に嫌な汗と、骨盤に変な痺れを感じた。
カミュ、膝、痛くない? 何か適当な事を行ってこの状態を変えようとしたのだけれど、その瞬間にカミュの左手がすっと上に伸びて来て、顎の先に少し指先が触ったなと思ったら、それが薄い紙で撫でられるみたいに消えて、首を辿って肩、それからさらにゆっくりと胸に下りて行った。
歯を食いしばるのが精一杯で、言葉なんてとんでもなかった。
もの凄く、間抜けに仁王立ちして、ただ突っ立ってるだけしか出来なかった。一歩も動けない。というか、下手に筋肉を動かしたら、余計な感覚まで迫るような切迫感がある。
ちょっと湿ったカミュの左手の感触とか、亀頭のあたりに小さく繰り返されるキスとか、指先でゆっくりとペニスを撫でる感触とか、尖った神経にカミュのささやかな動作がびりびりと突き刺さる。
カミュはそういう手淫がすごく上手い。絶対に俺より上手い。じりじりと痺れる皮膚を張り付かせた腕を思わずカミュの頭に伸ばしそうになって、ぎゅっと目を瞑ってやり過ごす。手を、カミュの綺麗な髪に掛けたら、どうしてもそれに方向性のある力を加えたくなって、きっとやる。それは、どうしたってしたくない。
食い縛った歯の隙間から、息を出すのは簡単だけれど、その逆がつらい。不自然に揺れる呼吸とか、腹筋の緊張とか、カミュには露骨に伝わってるだろうな、と思い頭を振った。
一体、どこらへんまでカミュはこの状態を続けるんだろう? 一生懸命、内蔵に伝わってくる熱以外の事を考えようとする。
腰骨まで辿り着いたカミュの左手が、ゆっくりと骨格を伝って背中に回り、腰から下のラインを宥めるように撫でる。
短く声が漏れたのは、もう、事故だ。カミュの手、普段はもっと乾いてるのに、どうしてこういう時だけ妙にしっとりしてるんだ? と一生懸命毒づく。
でも、心の中で悪態吐いたって現実は何も変わらない訳で、カミュの右手はもうちょっと強く、って思うぎりぎりの圧力で性器を支えていて、そこに意識がいくと堪らなく苦しくなる。
要はじらされてるって事なのか?? と、頭の中でやっと言語としてこの状態を理解できそうな言葉が浮かんだ時、カミュは、ペニスを横向きに銜えた。
この状態で、人の胸を探りながら、それはナシだ!
何度目になるか知れない歯噛みをした時、なんだか目尻に涙が滲んでしまった。心臓の鼓動が早くなってるから、息も苦しい。汗がじりじりと額に浮いてくる。
性器の先を普通に銜えてくれた方が楽なのにと思っていたら、唇で挟んで舌を這わせて扱き始めた。
俺、カミュにこんなじらすような真似、してないよな?!
我が身の行動を振り返って、どんな因果応報がこの行為の裏にあるのか一瞬真剣に考えてしまった。そして、カミュがフェラチオされる時に見せてくれるような甘い表情なんかとても出来ないで、思わず腰を揺らしてしまった。
せめて、何か、掴まって自分の体を支えるものが欲しい。
そう思って、左手を泳がせたら、寝室と隣の部屋を繋ぐかまちのわずかな出っ張りに指が触った。その薄い出っ張りをぐっと握りしめる。
詰めていた息を吐いて、空気を吸い込む時、微かな視界に右手で太ももや腰のあたりを、ゆったりと撫でているカミュの姿が映る。慌てて目を固く瞑る。
一度見えた映像は鮮明で、今まで感覚だけだったものに、カミュの形のいい手が自分の体を撫でている画像が頭の中にこれでもかと残ってさらに心臓の痛い思いをする。
密着させる感じじゃなくて、薄い空気の層を隔ててふれるような動き。どんなふうにしてそれがなされているか、見てしまうと……背筋が余計にゾクゾクする。背中から首筋、耳たぶまで、熱を持ったみたいに熱い。
誘惑に負けて、もう一度目を開いて、もう少し、強くやってくれないか……そうしたらすぐにこの中途半端な状態から解放されるのに……あともう僅かでその希望を口から溢れさせようとしたそのときに、ふと、満足の笑みみたいなのがカミュの口元に閃いて、その衝撃はいきなりやってきた。
普通に正面から銜え直して、強く吸われたんだ。
多分、バキュームフェラ、ってやつだ。映像とかで見る分にはそれなりに湿った音がしていたけれど、音がしないくらい強い吸引力で、刺激が強過ぎる。一瞬、呼吸が止まった。
苦しいのか快感なのか、麻痺した頭で必死に呼吸だけは確保しようと思っていたら、上下する自分の胸のその下で、それなりに長さも太さもあるずの自分の性器が、全部カミュの口の中に消えていった。
光景の刺激か、ペニスへの刺激か、まったく分からなかった。何かが背骨を押し上げて、頭蓋骨まで達する。それのせいで頭は痛いくらい痺れた。
そして次の瞬間、カミュの喉の辺りで、強く押し返す力を感じて、もの凄い射精感を感じた。
ディープスロートだ……。
口の中だけじゃなくて、喉にまでペニスを通してしまうフェラチオ。勿論、普通はえづいて、とてもじゃないがそんな喉の奥に異物なんか入れておけない。吐き出して終わりだ。それを、訓練して嘔吐感を宥めて膣の代わりに使えるようにする。
何事も訓練だ、と笑って言われたけれど、でも、訓練したって、苦しい事に変わりはないわけで……。
異物がむりやり喉の奥に収まる反射は、もの凄い力での喉の締め付け、舌の押し出し運動が起こり、それが銜えられている側には強烈な快感に繋がる。でも、こんなの、普通、所謂風俗の人が練習して漸く出来るようになる技じゃないか!!
カミュがなんでこんなのが出来るのか、全然理解が追いつかない。
エレンさんとの関係か、それ以外か……何時? 何処で?
馬鹿な疑問が頭の中を快感と一緒によぎって呻いた。
気持ちの方は全然すっきりとしてないのに、体の方は本当に正直だ。
散々じらされてから、いきなりまるでその道のプロみたいな性戯にまったをかける余裕も無く、先にシャワールームで一回出してるのにも関わらず、俺はあっけなく吐精してしまった……それも、カミュの喉の奥で……。
ヤバイ、と思ったときはもう遅くて、腰を引こうと思ったけれど間に合わなかった。全部は出さなかったけど、結構な量漏れた、と思う。情けない事この上ない。
当然の結果カミュは、咽せ、背中に冷たいものが走る。
あんな場所で出すなんて、滅茶苦茶危険だ。思わずかがみ込んでカミュの背中をさすり、必死で対処の方法を考える。
「ごめん!!!! 大丈夫? 気管に入った?!」
多分、手が震えていたと思う。もし、精液が気管に入っていたら大変だ。精液は強いアルカリ性、粘膜なんて簡単に溶かす。
カミュは暫く下を向いて咳をしていたけど、それから顔を上げて、ちょっと涙目のまま笑った。
「大丈夫。そっちにはいかない構造だから。ちゃんと上手くやるつもりだったけど、やっぱり慣れていないから、最後は失敗したな」
途端、体から力が抜けて深い溜め息とともに、カミュを抱きしめたままベッドの上に倒れ込んだ。ぎゅっと抱きしめた腕の力がなかなか抜けなかった。
「……無茶な事しないでくれよ……」
泣き言なのか、非難なのか、自分でも良く分からない。カミュが、こっちの事を考えて、やろうとしてくれたのは、十分分かる。分かっているし、ちゃんと受け止めているつもりだけれど……。もう一度、盛大に息を吐く。カミュの頭を抱きしめる。顔は、怖くて見れない。
こんなに心配しているはずなのに、今見たらきっと、自分の前に跪いていたカミュの顔を思い出して、顔が朱に染まる。
「わかった。次は、もっと、上手くやるから」
カミュが優しい声でそう呟いて、そんな、次なんて、まだやるつもりなのか、と思う気持ちと、それを何処かで望んでいる自分に戸惑う。
わかってる。どんな綺麗ごとを言ったって、結局、カミュに全部受け入れて欲しい、その願望はそうそう捨てられるものではないし、きっと捨てられるものでも無いのだと思う。
けれど、どうせ受け入れてもらうなら、こんな苦しそうな方法のものよりは、いつもと同じがいい。
自分から口で俺をいかせようとした事から、なんとなく、今日はカミュは乗り気じゃないのかもしれない、と思いつつ、控えめにアナル・セックスの可能性を尋ねてみた。すると、カミュは、少し考えて、言った。
「……できたら、上に乗る方がいいかな? なにしろ久しぶりだから」
思いの他真剣な表情で言われて、そうか、自分で挿入をコントロールできた方が安全なんだ、と自分を納得させる。本当は、騎上位はカミュとの距離が遠くて、あまり好きじゃないのだけれど、カミュがはっきりと口にしてきた事だ。二週間前の事もあるし、主導権はカミュに委ねた方が、何よりカミュが安心出来ると結論した。自分でカミュをちゃんとしてやれないのは、凄く、不甲斐ないのだけれど……。
カミュのほっぺたに一度キスすると、カミュが俺の体を押し倒して、そのまま腰の上に股がる。なんか、いつもより凛々しい顔をしているような気がするのは気のせいか、それともカミュの体の都合が深刻なのか……。
カミュはそのまま、上半身を倒して、甘いキスをくれた。そっとその上半身を抱き締める。滑らかな背中を背骨をつたって撫でると、カミュが小さく身震いした。
もとから反応はいい方だけど、なんだか、ブランクが空く前より敏感になっているような気がする……。
それだけ溜め込んでいたのかと思うと、また自分の身勝手さが良心を締め付ける。
カミュが弱い首筋に唇を当てて、強く吸いながら指をアヌスに伸ばしたら、小さく息を飲む音が聞こえた。
「……ごめん、ローション、とってくれる?」
本当は自分でとりたいけど、カミュにベッドに縫い付けられているから、起き上がれない。カミュは頷いて腕を伸ばし、脇に用意してあったボトルをとって渡してくれた。
くれたってことは、俺が解してもいいんだよな?
挿入はカミュに任せるしかないとしても、その前の前戯くらい、やってやりたい。
まあ、あまり、そういう事をやるのに適した体位じゃないんだけど……。
仰向けのまま、両手の指にたっぷりローションをつけて、カミュに少し腰を上げてくれるように頼む。流石に、後ろから手を伸ばすのはリーチが足りないから、ちょっと腰を浮かせてもらって内側から手を伸ばす。右手は、カミュの性器を柔らかく握って、ゆっくりと扱く。
顔から、首から、胸から、くまなくリップサービスをくれていたカミュの吐息に何か堪えるような気配が混じって、その度に、きゅっと固く閉じた睫毛が震えた。カミュは結構、こういうとき、目を閉じているか、開いていても本当に僅かにうっすら開いているだけの事が多い。瞳から表情が伺えないのが少し残念なのだけれど、その分長い睫毛がすごく綺麗に見える。
快感を堪えながら一生懸命キスしてくれている顔を眺めるのは、結構そそるものだと知った。快感といっても、多分後ろではなく、性器に直接送られるものからの刺激だろう。
少しでも後ろの緊張が抜ければ、と丁寧にカミュの感じる場所を探しながら指を進めているつもりが、なかなか上手くいかない。腕が自由にならない分、角度やローションの塗り込めるタイミングがかなり辛い。こんな事でまたカミュに余計な気遣いさせたくないから、なんとか頑張って指を探るのだけれど、上に覆い被さっている人間のアヌスを解すのは、予想より大変だと実感するばかり。
何か、もっと効果的な手段がないものか、と内心ちょっと焦り始めた時、綺麗な長い指が、俺の髪をわけて頭に触れた。うなじと後頭部に指の感触を感じて、ぞくりとした瞬間に、カミュは頬を俺の頬につけて、はっきりと喘いだ。
うわっ、と思った時にはもう遅い。さっきいかせてもらったばかりのペニスが、ドクンと脈打つのが分かった。
カミュが溜め込んでる、と思った事なんて、今の自分の状態を考えたら……自分の方がよっぽどだろう、と強く自戒。
でも、こんなカミュの状態見たら、不可抗力、という気も……。
騎乗位、といのはカミュに二重に無理をさせるようで嫌だったのだけれど−−−受け手に回ってもらう負担と、状況をリードする負担−−−こういうカミュの姿が見れるのだったら、少し、嬉しいかもしれない。
自分のもの、どうしよう、と思っているとカミュの手が柔らかく下りて来て、カミュのものを刺激していた俺の手を退けて一緒に握り込んでくれた。
カミュが、シーツに額を擦り付けるようにして、けれどほっぺたはこちらに押し付けたまま二人分の快楽を押し上げようとしてくれる。
ローションに濡れた手じゃ気持ち悪いかな、と思ったけれど、どうしても抱きしめたくてカミュから外された手を彼の首に回して顎を持ち上げた。少し舌を出して誘うと、カミュも舌を伸ばしてきて、後はキスと互いの性器の感覚に集中しながら射精の瞬間を待つ。
時々カミュの手とぶつかる左手の指が、二本、締め付けは厳しいものの滑らかに動けるようになって、少し指を抜いて親指を差し込みカミュの前立腺を探した。
左手首、柔らかくてよかった……カミュに覆いかぶされていたら前立腺の側には角度に無理があるけれど、なんとか届く。
ひっかいたりしないように、慎重にそれを押し込めると、カミュの体がおののいた。キスしあっていた唇が外れてカミュの額が肩口にぎゅっと押し付けられる。
「I’m so close…」
とカミュの声が耳に届いた時、こちらの意識も横からぶん殴られるような衝撃を感じた。
カミュの頭をぎゅっと抱き締めて自分も同じである事を伝える。
カミュを体の上に乗せたまま、お互いに呻いて、早くなった脈拍がもとに戻るまで相手の鼓動を感じて過ごす。
カミュの呼吸が落ち着いて来たのを見計らって、体制を180度変えようと目論んでいたら、カミュが優しく俺の髪をなでつけて、まっすぐに俺の目を覗き込んできた。
「……よかった?」
え、ええええええ???
我が耳を疑った。カミュ、今迄そんな事聞いて来たことないだろう?!
もう、顔が明らかに赤くなってるって分かる勢いで熱くて、思わずどぎまぎしていたら、返答がないのを勘違いしたのか、「……ちょっと体勢が辛かったかな」と呟きが聞こえる。
「い、いや、そんなことは無いよ……俺は寝てただけだし。……すごく、気持ちよかった」
慌ててそう返事したら、自分で自分の言葉に煽られた……自滅だ。
ああもう、ちょっと下心出して、居間の電気をつけて来た自分の判断が恨めしい。
これだけ明るければ、茹でたカニみたいな自分の顔の色も一目瞭然だろう。自分の青臭い挙動に歯ぎしりする思いでいたのが、次の瞬間、一切吹き飛んだ。
俺の返事を聞いた−−−恐らく返事だけでなく、茹蛸状態も見ただろう−−−カミュが、嬉しそうに、本当に幸せそうに、ふわっと微笑んだんだ。
一体全体、どうしたんだ? どうなっちゃったんだ、カミュ? っていうのとめちゃくちゃカミュ綺麗、可愛い、愛おしい−−−もっと正直に言えば、SEXしたいっていう原始的な快感が一緒くたになって体中で弾けた。
カミュには言ってないけど、シャワールームで一回。
カミュの口の中に、頑張って止めたけど半分出したのが一回。
で、今のが一回。
普段だったらそれで十分だろうに、その笑顔でまた下腹部が疼き始める。
正直、これ以上口だの手だのでイかされるのはちょっと耐えられなそうで、おそるおそる聞いてみる。
「………体の向き、入れ替えちゃだめかな?」
さっき、随分解れていたし、このまま前立腺を刺激しつづければ、なんとか入りそうな気がする。
でも、カミュは笑って、きっぱり、それは駄目、と言った。
「ちょっと時間がかかるかもしれないけど。……今日は、なんとかするから。」
なんか、その覚悟みたいなものが、ちょっと痛々しくて、つい言ってしまった。
「カミュ、無理しなくても……えっと、こっちはバスルームに行けば収まると思うよ?」
うん。今日は、十分良くしてもらった。これ以上無理しなくてもいい。
体の方は全然納得していないけど、少なくとも気持ちの方は心からそう思っている。
すると、なんとカミュは、悪戯っぽい笑みを零して、こういった。
「駄目。それは私が貰うものだから」
なんか、ホント、今日のカミュ、ぶっ壊れてるって………!
もう、どぎまぎする、というより、唖然としてしまって、思わず何も返せないでいたら、カミュはふと瞳を伏せて、俺の腕をとり、なんと俺の目の上に重ねた。
「ごめん。暫く、目を閉じていてくれ」
多分、今から入れるつもりなんだろう。
目を隠すというのは、それを見られるのが恥ずかしい、ということなんだろうけど……
それは、ちょっと出来ない相談だ、と思った。
だって、それじゃ何のために電気つけてるのか分からないじゃないか。
よくキスする時くらい目を閉じろ、と呆れられるけど、閉じるふりしてまた開けてしまうくらい、閨のカミュの表情を見る事を諦めるのは簡単じゃない。
なので、それは無理だと、はっきり言うと、カミュは困ったように溜息をついた。
「……どうしても?」
「どうしても」
「………」
カミュは、何事かを思いめぐらせて、わかった、と呟いた。
「それじゃ、その代わり、何も手出しをしないでくれ」
何か、その言葉に含むものを感じたけど、それが何かはわからなくて、うん、と頷く。カミュは目を閉じ、大きく深呼吸して、肩の力を抜いた。
それから俺の上に下ろしていた腰を上げて、膝建ちになり、すっかり復活しつつあるペニスにたっぷりローションを塗り付けて、後ろ手に支える。先端が熱を帯びた柔らかい襞に触れて、心臓が痛いくらいに強く打った。
期待するな、といっても、体が覚えている感覚はどうしようもない。
二週間前から、何度も挫折しているためなのか、ここまでくるとどうしようもなく突き上げてしまいたくなる衝動に駆られる。
息を殺して待つ間、カミュは、何度か深い呼吸を繰り返し、それから、亀頭の先が一インチほど、カミュの中に入り込んだ。
その時だ。カミュの眉根に、ぴりっと緊張が走ったのは。
あっ、と思った瞬間、カミュは下ろしかけていた腰を止めた。息が浅くなっている。実は、僅かに入った先端に強い締め付けを感じていて、こちらもとても苦しい。抜くか、入れるかして欲しい、と思うけれど、カミュはもっと大変なはずだと自分を戒める。
何か出来る事はないか、と思った時、なんと、カミュが自分で自分を慰め始めた。
アナルセックスにはよくあることで、後ろがきつい時、女性ならクリトリス、男性ならペニスを刺激すると入る事がある。これなら出来る、と思って手をカミュの性器に伸ばしたら、うっすらと辛そうに目を開けたカミュに首をふられて、手をのけられてしまった。
手出しはするな。確かにそう言われたけれど……
人にやってもらうような、もどかしい快感では駄目なのかもしれない。所詮、自分の事は自分にしかわからない。
力を抜こうとする息が断続的に漏れ、それが悲鳴みたいにも聞こえて、ぞくりとした。
ちょっと……視線が離せないくらいエロティックな光景だ。ぼんやりと、まるで、出産に臨む妊婦のようだ、という言葉が浮かんだ。
何度か息を吐くうちに、じわじわとペニスは飲み込まれて、いつのまにか二インチくらいは埋まっている。
このまま、多分根元まで入るな、と気を抜きかけた時、今度はきりっと歯を食いしばる音が聞こえた。
え?!
慌ててカミュを見上げると、その表情にははっきりと苦しみの色が浮かんでいる。
なんで?! もう入ってるのに!
「ちょ、ちょっと待った! カミュ、ストップ! ストップだッ!!」
思わずそう声を上げると、カミュはその声の振動に呼応するように、また短く息を飲んだ。しまったっ……声を荒げたら、振動が……!
それでも、黙って見ている事なんか出来なくて、思わずカミュの腰がこれ以上沈まないように支えると(いきなり引き抜くのもダメだというのは知っている)、カミュは殆ど止まってしまっている息を無理矢理吐き出すようにして、言った。
「……奥が……ゆるまない。この括約筋がなくならないと………」
「うん、わかった、だから、無理はやめよう、な?」
「……そういう事を言うに決まっているから……目を閉じていろと言ったのに………」
「そういう問題じゃないだろう! 怪我したらもとも子も……!」
実は、アナルセックスできついのは、入り口である肛門ではなくてその奥にある括約筋の方だ。この円形の筋肉が、侵入者を強固に阻む。どうやったらこれを緩められるのか、意図的にはなかなか難しい、という。
もうこれが障害になった時点で今日は無理だと察して、なんとかカミュに諦めてもらおうと頬に指を這わせたとき、カミュが薄く目を開いて言った。
緩むまで、ずっと抱き締めていて、と。
この先っぽだけもの凄い力で閉められた状態で? とか、そんなに長いこと勃起状態もたない、とか、色々、叫びたい事は多々あれど、考えてみたらカミュが辛い時に助けを求められた事なんてそんなにはなくて、結局、手を伸ばして冷たい汗をかいている体を抱き寄せてしまった。
あんなに暖かかった肌が、冷たく冷えきっている。
その肌にぬくもりを取り戻すように、手も腕も、包み込めるものは全て使って抱き締める。
カミュはじっと身じろぎもせず抱かれていたが、それが少しずつ緊張を緩め、規則正しい呼吸を伴うようになり、最後にその吐息が安堵の吐息に変わった。
「有り難う……もう、多分、大丈夫だから」
カミュはそう呟いて、俺の腕を外し、再度体を起こした。それから、ふうっと体の中心から溢れるような、もの凄く甘い息を小さな掠れた声と共に吐いて、残りの部分を全部飲み込んだ。
なんど体験しても、鳥肌が立つ程性的な興奮を覚える瞬間だ。
カミュの体から開いて、自分の性器が全部飲み込まれている。
体を弛緩させるよう努めていたカミュの体が支えられる場所を探して俺の胸の上に腕をたたむ。傾き倒れ込むような形になっているカミュの肩を強く抱きしめた。
「上半身、起こしてもいい?」
言葉での応えの代わりに、カミュは、たたんでいた腕を伸ばして、それは首に巻き付いた。
ゆっくとり慎重に上半身を片手にカミュの体を抱えながら起こし、座位の姿勢が安定した所で、また強く恋人の体を抱き込んで、じわじわと腰を揺らしてみる。
恐れていたカミュの悲鳴はなくて、それから二人、顔や胸や腕、時には足も使って体をくっつけ合わせて体を揺らすようにこすり合わせて、カミュは体の中にいる俺の、俺は、カミュの体の中の熱を感じ合った。カミュが、小さな声で、断続的に切羽詰まった声を聞かせてくれて、常識とかルールとかそんなもの一切捨てたって構わないような衝動に駆られた。
それでも堪えて、なるべくカミュの希望に沿って一通りの情事を済ませる事が出来たと、密かに自画自賛して、取り敢えずカミュの中から自分を出そうとした時、その自惚れは音を立てて崩れ落ちた。
ちゃんと感じる事も出来たらしいカミュをそろそろとベッドの上に寝かせて、ゆっくりと息を吐いてもらいながら、薄く伸びきったアヌスから自分のペニスを引き出しにかかったその時、初めて違和感に気付いたんだ。ゴムが、ペニスに着いていない……。
瞬間、カミュの体の中に残して来てしまったかと焦ったが、着けた記憶も、装着させてもらった記憶もない。一番の難関、亀頭がぐうっと肛門の輪から顔を出したと同時に、そこから一緒に溢れ出て来た液体が、もう、全ての答えだ。慌ててタオルを当てたけど、絶対に、これは、中で直接出してしまったと言う事だ。
うわっ、とぐしゃぐしゃに解れだした髪をがりがりとかき回す。二人とも、どうかしてる……。
隣の部屋で保温にしておいたポットのお湯で簡易蒸しタオルを作り、もう半分瞼が閉じかかっているカミュの体に残る残滓を拭う。首まですっぽり毛布を被せて、隣の部屋に汚れたものを移動させて電気を消して戻った時には、規則正しい寝息が聞こえていた。
すやすや気持ち良さそうに寝るカミュの横にもぐり込むのも、そう言えば随分久しぶりだ……。
明日は何時に起きるかなんて気にしなくてもいい。
隣のカミュの髪を何度か撫でて、こっそり唇にキスしてお休みをいい、自分も落下するように眠りの中に落ちて行った。
翌朝、といってもかなり昼に近い時間に、まだ眠っていたカミュを起こさないようにそっとベッドを抜け出して、ネットでディープスロート、やり方、くらいで検索を掛けてみる。調べてみれば、それなりにひっかかるもので、動画の広告サイトからQ&A、凄いのになるとオーラルセックスのための分厚い指南書の通販サイトまで。なんか、ものすごく目が痛い。
で、取り敢えず、一番真っ当な事を書いているようなサイトの方法論を一通り読んで、試しに歯ブラシで少し舌を押してみたら……めちゃくちゃ咳き込んだ。というより、吐くものなんか何もないのに、ぐえっと横隔膜が波打った。喉が断固奥を広げる事を拒絶している。
予期しない−−−いや、考えてみたら、これ医者に喉の奥覗かれるのと一緒の事だ−−−咳き込みに苦しんでいると、カミュがどうしたのかとガウンを羽織って現れた。
しまった。起こした。
けど、咳の勢いで、唾が気管に入り込んでなかなかこれが収まらない。
カミュの問い掛けに応えられず、なおも咽せていたら、カミュの視線がすいっと上がり、ちょっと瞳孔が開いた。
どうしたんだろう? とカミュの視線を辿り、開きっぱなしのwebサイトに愕然とする。
失敗したーーーっっ!!! なんで消しとかないんだ、自分ッ!!!
慌てたって、しゃがみ込んだ体を立たせてモニタの前に立ったって、もう遅い。
カミュの目が面白そうに笑っている。
「喉の奥を開きっぱなしにするのにはコツと慣れがいるんだよ」
と言って口を少し開き、ピアニッシモの綺麗なファルセットのAを出した。
「歌は喉の奥の緊張をとって、広げて空気を鼻骨に響かせるようにするのが基本だからね」
信じられない、と見詰める俺の目の前で、カミュはいかにも楽しいというように笑っていた。
「ちょっと、今のもう一回やって見せて」
カミュの口元を覗き込んで頼むと、カミュの指が顎にかかり、
「顎の力を抜く。舌は奥に引っ込めない。力を抜いて平にして、ソフトパレットを引き上げて……」
目の前で実演しながら教えてくれるのを真似て、喉の奥を見よう見まねで引き上げようとしたら、またものすごい勢いで嘔吐感がしてとっさに口を閉じた。涙まで浮かぶ始末。あくびと要領は一緒と言われても、あくびする時の喉の開き具合をそのまま平気な顔して保持出来るってどういう事??!!
オペラ科の連中が、こんな非生理的な訓練乗り越えて歌ってるのかと思ったら、なんか心底尊敬する気になった。
ってか、目の前に平気で立ってるカミュが、もう、謎。喉の奥って、そんなに無防備に開く場所でも訓練して開かせる場所でもないんじゃないか??
目の縁に貯まった涙をぐりぐりと服の袖で拭っているとカミュの腕が伸びて来て「こするな」と止められた。それでも滲んでくる涙は、カミュの舌が拭ってくれた。
11月7日の昼、もの凄い甘さのカミュと一緒に階下に下りて、昨日の残りの食事を取り、交互にシャワーを使い、俺はカミュがバスルームに籠っている居る間に密かに喉の緊張を取って広げる練習をしてみた。
事務所に、カミュの出した綺麗な音とはほど遠いカエルの潰れた鳴き声が何度も響く。人間の体って、奥が深い、とつくづく思う。