うさぎのロスがいなくなって、三日が過ぎた。
翌日の金曜日は、家に居るのが辛くて、仕事に行った。何かをしている間は、彼の事を考えずに済む。我ながら薄情だとは思ったが、きちんと思い出せるようになるまで、暫く待って欲しいと、心の中で詫びながらメールの処理をした。
一通りメールを書いたあと、ふと、あることを思いついた。
ロスは、現在剖検にかけられている。何故麻酔から醒めなかったのか、他の多くのウサギ達が同じ道を辿らぬよう、少しでも助けになるのなら、と、木曜日のうちに頼んでおいたからだ。
検査をするなら、その結果を発表し議論する場があるだろう。その議論の場に、参加させてもらえないだろうか、と考えたのだ。
急ぎ大学病院のホームページを辿り、ドクターのメールアドレスを突き止めた。
門外漢で全く獣医学の事は分からないが、議論を聞かせてもらえないだろうか、何かロスの最近の振舞など、必要なら新たに情報を伝える事も出来るから、と、お願いするメールを書き、大変忙しい先生に失礼を承知で送信した。
夕方、終業時間間際に、ドクターは私に直接電話を下さった。
ドクターは、残念ながらdiscussionに参加はできない、何故ならdiscussionは解剖室で実際に疾患部分を見ながら行われ、その会合も今丁度終わった所だから、とのことだった。「大切に可愛がっていたペットのそのような姿を見る事もおすすめできない」とも。
その代わり、結果レポートは全て渡し、専門用語なども逐一説明して下さる、と約束して下さった。
そして、今日の初見で分かったこととして、彼の肺に泡状の疾患が広がっていた事を教えて下さった。
泡状疾患の原因が何なのか、詳しいことは更に検査を重ねなければわからないが、肺の機能が回復しなかった原因の一つであるかも知れない。そう、ドクターは仰った。
つまり、彼は、エンセファリトゾーンの他にも疾患を抱えている身だったのだ。
ウサギのロスはこの6月で5歳になった。人間でいえば壮年から老年にさしかかる頃だろう。いろいろ体に不都合があってもおかしくない年だった。
もう一度、仔ウサギを作らせてやる事なんて、もう出来なかったのに。
こんな時期まで、手術を引き延ばした、そのことに、心から詫びた。
土曜日、ロスの灰を入れてやる可愛いシュガーポットを探しにゆき、緑のクローバーの絵のついた白いポットを買い求めた。
スーパーで、ピンク色の花をつけたミニバラをみつけ、ロスの祭壇に飾ってやろう、と買って帰る。
アイオロスは、そんな気分ではないのだろうに、私の買い物に付き合ってくれた。
日曜日。
House Rabbit Society(HRS)に、えせるとプチを連れて、アイオロスと共にadoptionを待つウサギを見に行く。
現在、adoptionが可能なオスうさぎは三羽いて、まずは一番小さなドワーフ・ラビットが連れて来られた。
全身灰色で、ロスよりも少し小さい。ネザーランドの血がかなり濃く、耳も短い。
まずえせるだけがケージから出され、その小さなドワーフ・ラビットとの相性を見る事になった。
もともと、ドワーフは神経質な傾向があるのだが、彼は見た事もない大柄のえせるに明らかに怯えていた。
そして、えせるは、そんな彼に容赦なくマウント行動を浴びせた……
HRS世話人のジョージは、暫く様子をみて、「他の子を試してみよう」と彼をひきとり、今度は毛足の長いアンゴラ種のうさぎを連れて来た。
大きさはえせると同じ程度だが、毛が長い分大きく見える。
目の場所もよく分からないほどのウサギで、大変気質も大人しいと見えた。
だがえせるは、またアグレッシブに自分の上位を主張し、彼が縮こまって這いつくばっているのにさらにマウントで追い打ちをかけ、終いには脇腹の毛を毟る始末。
流石のアイオロスも呆れ、「おい、もうそのへんで許してやれよ」と宥めたが彼女は勿論聞かない。
ジョージが再び哀れなアンゴラうさぎを引き取り、「次が最後、もうちょっと大きいよ」と階段を下りていった。
新しく迎える子は、できれば、ロスに似た茶色のドワーフの子がいい。
そう、私は思っていた。
けれど、一方で、出会いというのはそういうものではない、ということも分かっていた。
ロスに似た子を探せば、彼を懐かしく思い出すかといえば、そうではない。
外見が似ている分、かえって似ていない部分が目についてしまい、不満に思ってしまうかもしれない。
その子の所為ではないのに。
そもそも、ロスは、三日で空に帰ってしまった灰色の小さなえせるの生まれ変わりを探しているうちに、あるラビットショップで出会った子だった。
メスでもないし、灰色でもない。
それでも、どうしても目が離せなくなって、「将来のえせるのハズバンドに」と連れて帰って来たのだ。
だから、きっと今度も、同じ事が起こるだろう、と、そんな予感がしていた。
ロスの面影を探しにきたつもりでも、きっと、似ても似つかない子を連れて帰る事になるのだろうな、と。
はたして、連れて来られたのは、白い毛に赤茶色のブチの入った、レッキスだった。
実は、HRSの会報で、既に彼等三羽の写真は見ていた。その時に、このレッキスは、既に候補から外れていた。
まず、大きさが3倍ほどもあるし、ドワーフの特徴である丸いかわいらしい顔の変わりに、長めで顎のしっかりした顔だ。しかも、その顔にブチがある。
かなり可愛い顔だったロスに比べると、正直美形とは言い難い。
だが、彼だけは、えせるに怯えなかった。
積極的にケージの中のプチにも興味を示し、調子が出ずに逃げ出したえせるの後を楽しそうについて回った。
体の大きさは問題ではないのだと、ジョージは言った。
大きい方がかならず主導権を握る、ということでもない、と。
えせるが他の二羽に対するような攻撃的な姿勢を見せないのをみると、ジョージはケージを開け、プチもその場に放した。
えせるとプチの間では、完全にえせるの優位が決定している。
プチはまだえせるを母親だと思っているのか、どこへでもえせるの後をついてまわるが、面白い事に、えせるが逃げ続けているレッキスの彼には自分から近づいた。
「悪くない」
と、ジョージは笑った。誰も、真剣には追いかけないし、攻撃もしない、と。
30分ほど、同じ場所で遊ばせていただろうか。
私は、内心、戸惑っていた。
たしかに、えせるとの相性は悪くなさそうだ。プチも興味があるように見える。
でも、彼はあまりにロスと違う。姿形に拘るべきではないのは分かっているけれど、彼ではない、と思ってしまう。
オーナーとなる私が彼を愛せなかったら、いくらえせるが気に入っても幸せにはしてやれないだろう。
またの機会にしたいと、どうやって切りだそうか。
そんな事を考えていたときだった。
彼が、私のもとへやってきた。
そうして、鼻をつん、と私の手におしつけ、床に膝をついていた私の腿に手をかけて、私が塞いでいる道の向こうに興味がある素振りを見せた。
あっ、と思った。その姿が、ロスに重なったからだ。
ロスも、そうだった。人の事など、踏み台にしか思っていないかのように、平気で人の体によじ上っていた。
今日初めて会った人間にも、彼は全く怯えていなかった。丁度、ロスがあのラビットショップでそうであったように。
それから、だった。
彼はどんどんやんちゃぶりを発揮し、えせるを追いかけて嬉しそうに飛び上がり、お腹を見せて横になり、持って来たケージに敷いてあったシートの端を前足で掘って遊び……
家に来たばかりの頃の、好奇心旺盛なロスに、その動作の一つ一つが重なった。
若いウサギというのは、そういうものなのかも知れない。
それでも、その動作は、「全然似ていない」と思っていた私の印象を変えた。
そのことが、私の口を少し軽くした。
私は、ジョージに、ロスが息をひきとった経過を話した。
獣医のMedical Doctorを持っている彼は、ロスを担当したドクターの名前を伝えると、残念ながら、おそらくロスには先天的な欠陥があった可能性が高いと思われる、と言った。
彼女はHRSの中でも非常に良いドクターであると評判であるらしい。
大学病院で唯一、オーナーのいるペットの執刀は全て自分で行い、学生にはさせない先生なのだとも言った。
500例中3例、執刀したウサギを死なせてしまったが、そのうち2例は先天的な疾患があり、原因の分からなかったものは一例のみだという。
もしかしたら、学生にオペをさせて麻酔の量などの失敗があったのではないか、と僅かに疑っていた私は、そのことを大変申し訳なく思った。
「一度に長時間一緒にすると、疲れて喧嘩を始めるから」
そうジョージは言って、もし彼を迎える事に興味があったら連絡をくれ、と、マンゴー、と呼ばれていたレッキスの彼を抱き上げた。
ふと、私は、彼を抱いてみたい、と思った。体の大きい彼は、それほど私の事を怖がってはいなかったし、少し抱くくらいならそれほど怖がらせはしないだろう、と。
ジョージは勿論どうぞ、とずしりと重い彼の体を私の腕に預けた。
お尻を支えて、お腹を胸につけるようにして抱き上げると、茶色の目が顔の前に来た。
はっとした。
間近にみる彼の瞳が、ロスの瞳に似ていたからだ。
上から見下ろすと、彼の瞳は小さく、少々眠そうに見える。それが、間近で見ると、優しく、少し悲しげにも見えるロスの瞳と同じ色をしていた。
もしかして。
ロスの魂がついてきて、彼の中にとけ込んだのじゃないだろうか。
そんなことを、ふと思った。
Rainbow Bridge, という詩がある。
飼い主と死に別れたペットは、天国の手前にある虹の橋の麓で、いつか飼い主が来る日を待っている。
そしてその日が来た時、彼等は再びパートナーとなって、虹の橋を渡っていく、というものだ。
けれど、私は、このとき、もっと別の事を思った。
虹の橋は、天国へではなく、他の誰かに繋がっているのではないか、と。
一つの死が、一つの出会いを生み、その出会いの中で、逝った者の記憶が生きる。
それは、もはや、その二つが繋がる前のものと同じではなく、ロスの生きた記憶は、私やアイオロスという媒体を通して、他のウサギに受け継がれていく。
人も、動物も、生き物は全て、そうして古代の記憶を未来へ繋いできたのではないか、と。
家に戻った後、私達は再びジョージに連絡をとり、マンゴーとえせる、プチとの二回目のミーティングを持ちたい旨を伝えた。
その夜。
私は、久しぶりに、穏やかな夢を見た。
ここ一月ほど、何故か追われる夢ばかりで、楽しい夢など見なくなっていたというのに。
私は、ベルリン・フィルの演奏を、パブリック時代の仲間と共に聞いていた。
マーラーの交響曲第2番、「復活」の最終楽章。
目覚めてから、唖然とし、そして、可笑しくなった。
よりによって、「復活」だなんて。
何年も聞いていないこの曲を、記憶から引き出して聴かせたのは君なのかい?
小さなウサギのアイオロス(笑)?