最近、自業自得とはいえゆっくりとコーヒーを飲む時間も無い。
朝は6時頃には起きて仕事のメールをチェックしながらパンをラテで流し込み、余裕があればヨーグルトを食べ、7時過ぎには家を出る。
昼食はいつも譜面か施工書片手。夜は2時前にベッドに入る事が出来れば御の字だ。
そんな中、今日は通り向こうに住むジョセッペ宅にMacintoshに新しいグラフィックカードを差し込む為に夕方足を運ぶ。
ジョセッペは、イタリアでは名の知れた画家だ。
行き過ぎの抽象現代アート、というものでは無く、どこか古典の匂いの残るとても端整な絵を描く。そのジョセッペから、先日とうとうシネマディスプレイの30インチを購入したのだと、上機嫌で電話がかかって来た。そのお披露目パーティーをするから来いという。行けば、ジョセッペの弟子や大学教授の集まるちょっとした立食パーティーで、パスタとカクテルはジョセッペ自らが腕を振るったものだった。
食後、ジョセッペは仰々しく黒い布を被せた巨大なモニタの前に俺たちを立たせ、その黒い布を「サッ」と引いた。
ピカピカの新品のシルバーフレームモニタが現れた。
ジョセッペがうきうきとしながら彼愛用のPowerMacG5の電源を入れる。
ヴーンという軽いディスク音の後、おなじみのあの「ジャーン」という音がして、モニタの中央に灰色のリンゴマークが現れた。
パッとディスプレイは青い地中海の写真に代わり、その上に次々とアイコンが現れる。
ちょっとこのアイコン、大きくないか?
アイコンの下に表示されているテキストも心なしか大きく、何か滲んでいる感じがする。
えーっと……これは……。
ちっとも奇麗じゃないじゃないか、不良品だ、と騒ぎだしたジョセッペ老御年74歳にちょっと脇にどいてもらって解像度を確認。
やっぱり……1260が最高になっている……。
調べた結果、ジョセッペの初代PowerMqacG5ではシネマディスプレイ30に対応するグラフィックカードを搭載していないという事が判明し、急遽カードの検索+発注作業に突入した。
ネット申し込みから約一週間。その間イタリアの首相退任劇なんていうのもあったけれど、ジョセッペ爺さんはひたすらそのカードが届くのを首を長くして待っていた。
そして、今日、やっと届いたと電話が掛かる……。
午後7時近くにジョセッペ爺さんのアトリエに到着し、それから四時間後、やっと諸々の障害を乗り越えてモニタが解像度2560の世界を映し出した。滲みもすっきりと解消されている。
さてこれで、やっと家に帰れると、腰を浮かしかけたらば、画面の字が小さい、フォルダを開いたらいつもアイコン表示がいい、等々注文が……。
解像度が上がって画面が広くなるって事は、モニタ上の字はそれと反比例して小さくならざるを得ないし(Windowsなら調整の自由度がかなりある)、いままでそのカラム表示で使っていたんだからいいじゃないか? と喉まで出かかったが、取り敢えずジョセッペが納得するまで付き合って、後は宿題という事で深夜零時過ぎ、やっとの事で自宅に帰宅。
それから軽く夜食を取ってシャワーを浴びて、今はもう2時になろうかという所。
今日はカミュに電話を掛ける事も出来なかった。
電話できなかった事でとても気が重くなる。昨年のクリスマスからずっとバタバタし通しで一日一回のスカイプでの会話も覚束ない。
明日の朝、電話してみようか?
でも、朝はカミュだって忙しいよな……。
これで土曜日にはナポリの方まで足を伸ばさなきゃいけない。
列車で行けば移動中に少しは睡眠が取れるのだけれど……スケジュールを確認すると、どうも自分で車を運転するしかなさそうだ。
のんびりとカミュと旅行でもしたいけれど……そんな日は当分訪れそうにもない。
どうもこういう風にキリキリと忙しくなる沸点を超えると、無償にカミュと寝たくなるから性質が悪い。「テレホンセックス」という言葉が一瞬頭の中に浮かんだけれど、そのすぐ後に背中に寒気が走った。もの凄く冷たい冷気をカミュは発するか、自分がそんな言葉を知っているとは思わなかったとかなんとか冷やかすかのどっちかだ。
どっちにしても、考えるだけで余計に無い物ねだりで空しくなるだけだと観念して、勉強に戻る。