………なんというか。
もう、呆れて、開いた口が塞がらん……………。
昨日、3月14日は、オヤジの誕生日だった。
そこそこいい年でも、当主という人種は、親族を招いて誕生パーティとやらをやらねばならんらしい。
まあ、俺もUSAに居た時は、なんだかんだでその手のパーティに出席させられた。
招待状を貰って行く方は、まあ、適当に喋って飲んで食えばいいだけだが、準備する方は招待客の選別から当日のスピーチのネタまで、足掛け一ヶ月は神経の休まる暇がない。
かくいう俺も、じいさんに「社会勉強」とかぬかされて、18になった年とM.D.を取得した時にはアメリカでパーティを主催させられた。
ここで失敗すると取り返しのつかない事になりかねないのは、ここイギリスでもアメリカでも同じだ。
家にまったく寄り付かない息子二人を心配してか、親父は今年は俺達を一日前に呼び出し、これまでの準備と当日の段取りについて俺達に逐一説明した。当然、話の殆どは、当主に受け継がれるべき情報だ。俺は、サガを置いてさっさと部屋に戻ろうとしたが、気配を察したサガが袖を掴んで言い放った。
「カノン、私に何かがあったら、お前がやらねばならないことだ。ちゃんと聞きなさい」
一瞬、呆気にとられたのはこの際不可抗力、ってもんだろう。「何かがあったら」、ってことは、何か、お前、ようやく家を継ぐ気になったのか?!
親父も一瞬びっくりしていたが、何も言わずに話を続けた。俺はその場に居残りはしたが、サガの台詞が気になって結局何も頭に入らなかった。
その日の夜は、久々に一家揃って食事をとった。親父は、サガから貰った花がウサギに食われていた(そのウサギの名前をアイオロスという事は親父には黙っておいてやった)にも関わらず、上機嫌だった。おふくろは、サガが一時七匹もウサギを飼っていた、という話をしたら、目をまるくして、そんなにウサギが好きなら温室をウサギ小屋に改築してもよい、とのたまった(かなり長い間食用だと勘違いしていたようだが)。サガもご機嫌だったが、俺はあまりに俺のカンにそぐわない空気に飯を食った気もしなかった。
なんか、おかしくないか??
親父もお袋も、どうやらサガが心変わりしたようだと安心しきっているが、あいつのトランクの中はウサギの写真やらあのボロいアパートでとったらしい写真で溢れていたぞ?
(まあ、サガも予想外だったらしく、トランク開けたまま暫く固まってたが。慌てて何枚か俺の目から隠したが、多分、俺も一生見たくない部類の写真なんだろう)
携帯だって持ってるし、なんかさっきも電話してたぞ?
しかし、俺の違和感を裏切るように、翌日の誕生パーティは予定通りに進み、サガはしっかり親父のサポートをしていた。じいさんだけがどこか納得いかない顔をしていたが、他は使用人までが漸くサガが家に戻る気になったと思い込んですっかりお祭り気分だ。
お前ら、サガを分かってないぞ!
あいつは、虫も殺さない顔をして、結構腹黒いんだ!!!
二日間ですっかり眉間の皺の数が増えたが、それでもまあ、もしかしたらまたアイオロスの奴が浮気でもして、本気で実家に戻る気になったのかもしれん、と納得しかけた今日の午後。
ついに、あいつが最終兵器を持ち出した!!!
昼食のあと、親父とお袋がまだ茶を飲んでいる席で、ヒラリと二枚。
「私は、家を継ぐ事は出来ません。……これが、その理由です」
…………………。
ああくそっ!!! 思い出しただけで寒気が………!!!
テーブルの上に乗っていたのは、医療用カルテのコピーが二枚。
通院記録と、二枚目の最後に、検査の結果が一行。
精液中の精子数 0
その時の親父の顔といったら、あの親父でもあんなに真っ青になることがあるのか、と驚いたが、多分俺も同じ顔をしていただろう。
お袋は、意味を理解した途端、顔を覆って泣き崩れた。
サガのやつ、パイプカット手術をしやがったんだ!!!!!!!
おおかた、HRSからひきとったウサギのアイオロスがパイプカットされてたんで、そんな馬鹿なことを思いついたんだろう。
まだ、女も知らねえくせに……。
子供、作れなくなってまで、あいつと一緒に居たいのか?
もう、脱力して、何も言えん。