ベルリン・ナポリ旅行記(2)

 ハノーヴァに辿り着いたのは、午前十一時を少し回った頃だった。空は重い鉛色で、風は湿度を含んで冷たい。プラットホームに降り立った乗客も、皆コートの前を会わせて俯き、沈黙していた。


 フランクフルトで貰った乗り継ぎ時刻表によれば、十五分待てばベルリン行きの電車が来るはずだった。が、トランクを引いて9番線のホームへ移動したところで、構内アナウンスが入った。
「9番線から発車のIC525号は90分の遅延……」
 ドイツ語と英語でそれぞれ二回繰り返されたその内容に、私は驚いた。
 90分も遅れたら、午後のセッションに食い込んでしまう。
 それ以前に、この寒い吹きさらしの場所で90分もとても待てるものではない。
 パタパタと列車番号と発車時刻がめくれるソラリー式の掲示板を見れば、次のベルリン行き列車は9時20分に発車していたはずのベルリン行きとなっている。その次は10時30分発で、これもまだ到着していない。
 これはとても90分の遅れでは済むまい、と私は青くなった。
 ただでさえ、会議の開始に三日遅れているというのに、これ以上欠席したら行く意味がなくなってしまうではないか。
 そもそも、ベルリン行きの電車が悉く遅れているのは、ベルリン市内のS-Bahn(地上を走る電車。一方、地下鉄はU-Bahnという)の路線がほぼ全面工事で壊滅状態だからだ。私はこのニュースを日本を発つ2日前に聞いたが、まさか外からのIC列車の入線まで制限されているとは想像していなかった。
 S-Bahnの一斉工事などという事態に陥ったのは、どうやら手抜き検査が原因らしい。線路や駅構内施設の定期点検で手抜きをしていたことが判明し、慌てて対象路線を検査している、というわけだ。イギリスでならそれほど驚くようなニュースでもないが、ドイツの首都でそんなことが起こるとは、意外な気もする。
 いずれにしても、このままでは本当に発表のためだけに行くようなものだ(私の発表は翌24日だった)、とやきもきしつつ、四十分ほど待った頃、漸く9時20分発車予定だった列車が入線するとのアナウンスがあった。こうなると、よくぞ座席指定をしておかなかったというものだ。ただ、プラットホームで待っていた人の数も相当であったので、当然空席があるはずもなく、結局電車の連結部にトランクを横に置いて座ることになった。最初は立っていたのだが、このトランクを買う時にアイオロスが「椅子代わりに使える強度のあるものを」とわざわざ店員に頼んでくれていたのを思い出したのだ。
午後1時45分、漸く列車はベルリン中央駅に到着した。午後のセッションは2時半に開始なので、なんとかぎりぎり間に合ったということだ。フンボルト大学は、Under den Lindenの6番地、シュターツ・オーパー(ベルリン国立歌劇場)の前、ベルリン大聖堂のすぐ近くにある。バスで行けない距離ではないけれど、時間がおしているのでタクシーで向かうことにした。
ベルリン大学(フンボルト大学)。古本屋が露店を開いている。
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大学正面玄関。実は、門の内側は特にセキュリティチェックもなく、普通に建物の中に入れる。中に入ると、大学の紋章の入ったTシャツなどを売っている店があった。秋学期が始まったばかりなのか、授業をとるために並ぶ学生の姿を多く見かけた。
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目前に立つベルリン国立歌劇場。こんなに近くにあるなんて、羨ましい……
コンツェルトハウスも大学から歩いて5分の距離にある。
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古本はドイツ語の小説、図録、写真集の他に、明らかに研究室から流出したものと思われるような抄本や論文集などもあった。つい、写真に惹かれてウサギとげっ歯類の図録を買ってしまった。
午後のセッションは一番楽しみにしていた発表が目白押しで、つくづく間に合って良かったと思った。ホテルは大学から歩いて15分ほど、 U-BahnのSpittelmarkt駅から歩いて1分のBest Western Hotel am Spittelmarktに宿泊した。下手に星の数の多いホテルに泊まると高いインターネット通信料をとられるので、仕事で出張するときはいつも三ツ星程度のアメリカ資本系ビジネスホテルを利用している。ベルリンには以前にも来たことがあるが、インターネットが無料で使えるのは大抵米資本のホテルだ。Hotels.comなどのホテル予約サイトなどでも、こういったチェーン系ホテルの方が割引率が高いことが多い。
日本を出てから24時間以上が経過し、その間ベッドで寝ていないのでかなり疲れが溜まっていたが、翌日の発表準備が終わっていなかったのでほとんど朝までかかってプレゼンテーションを作成した。発表は午前、午後からはポツダムのサン・スーシー宮殿観光が組まれているのだけれど……少々、体力が続くか不安だ。(続く)

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