何故か、話が急にカノンの事に及んだことに、私は動揺した。
カノンは、カウンセラーとして長い研鑽を積み、多少催眠術なども使えると言う。一方、童虎やシオンの使う整体の技には、相手の心の向きを変える暗示のようなものも含まれる。
この二人が正面からぶつかったら、どうなるのだろう?
想像するだけでも、穏やかではない。
「いえ、その……。どうしても、会ってみたいと言われるなら、機会を作れるか尋ねてみますが……週末でよろしければ、ですが」
「いやなに、わざわざ機会を作ってもらうまでもない。弟御も、そういう仕事ならロンドンに出る機会も多かろう。その時にちいとわしらを呼びつけてくれればな。なあ、シオン?」
「ああ、こちらから出向いて構えさせるより、その方がよかろう」
私は、手のひらが冷たくなるのを感じた。……この二人、一体何を企んでいるのだろう?
勿論、カノンを悪いようにするとは思ってもいないのだけれど……
「まあ、そう待たずとも、すぐに機会は訪れるさ」
童虎とシオンが去った後、私は夕食を強請るウサギ達のパンを片付けながら、彼等の話を思い返していた。
ああいう人達だから、困難があった事を極力周囲に知らせようとはしない。今日の話を知っている人間が、彼等の友人、知人の間にどれほど居ることだろう。
そして、何故、私にそれを話そうと考えたのか、わざわざアイオロスの留守を狙ってきたことに、私は気鬱を覚えた。
彼等は、アイオロスとではなく、私と話をしたかったのだ。私の問題として。
不思議な事に、アイオロスは、とくにこの二人の先輩に対して、私を彼の広い背中の後ろに隠そうとする傾向があった。特に口を差し挟むわけではないけれど、外からの音は全て彼を通らなければ私の元まで届かない、というように、不思議に場を威圧する。
童虎とシオンが、私を、「屋根の下で家を守る者」と判じたのは、そういう部分も感じてのことだろう。そして、私自身は、これまでそのことに、特に深い疑問も抱かなかった。
昔は、違っていたかもしれない。アイオロスと、今のような関係になるまでは。
クイーンズベリに入って、何もかもが分からない事ばかりで、アイオロスの後を必死についていたあの頃、私は少なくとも、彼の庇護を必要としない存在になろうと努力していたはずだ。
そして、昔は、私自身もまた守っていた。アイオロスが私を守るように、カノンを。
何時からこうなってしまったのか、今となっては、もう分からない。
でもこれだけは分かる──彼の背後から、安全な場所から、何を言っても言葉は届かない、と。
シオンが彼の故郷を離れた時、彼は、童虎が共にその道を歩むことなど期待してはいなかった。
家とは、結局のところ、決別するしかない、と、私は考えていたけれど、その根底には、アイオロスの陰で守られて生きる事への計算があった。
血を分けた親や兄弟と縁を切るというのは、そんなに簡単なことではない。
そう、童虎とシオンは教えにきてくれたのかも知れない。