漸く、準備が整った。
一緒に暮らし始めて十年も過ぎれば、何をしても相手の意図はそこそこ見えている。
おそらく普通の家庭ならマンネリに陥りそうなところだけれど、アイオロスには積極的に冒険する向きがあって、それで毎年何かしら新しいことがある。
もっとも、新しければ何でもOKな傾向もあり、こちらもいつも大歓迎というわけにはいかないのだけれど……でもその開拓精神の旺盛さには随分救われているな、と思う。
さて。
一週間も拗ね続けている(これもポーズというか、こういう波風を面白がって立てているのに違いないのだけれど、、、かといってそう冷め切ってしまうと臍を曲げるので、矢張り拗ねてはいるのだろう)、大きな子供を迎えに行くのに何で釣ればいいか。
最初はギリシャのつもりでいたのだけれど、ギリシャは矢張り海が美しい夏がいい、と旅行会社の人にアドバイスを受け、思い切って、こんな事でもなければ絶対行かないだろう場所にしてみた。
モルディブの高級リゾートホテル、Four Seasons Resort Maldives at Landaa Giraavaruに5泊のコース。
11月はモルディブは初夏にあたり、気候もよく、しかも5泊で1300ドル程度だという。
フォーシーズンズに5泊泊まってこの値段というのはちょっと信じられない。これなら、前後に少しスリランカあたりを見て回るオプションも有り得そうだ。
することといえば、海の上のコテージでひがなのんびりしたり、スキューバーダイビングをしたり、シュノーケリングをしたり、ということくらいだけれど、最近アイオロスも肩こりがひどくなってきているし、一緒にならんでスパを受けるのも悪くない。
(どうせ、アイオロスは観光にはそれほど興味がないし……貸し切りのコテージなら、まあ、やることはある)
旅行会社への手配が済んだので、シオンとドウコの家にお世話になった手土産のワインを持って出かける。あの家は常に動物で溢れていて(ドウコの患畜)、アイオロスは煙草も禁止されて至極不機嫌な様子でゴールデン・レトリバーのLady達に埋もれていた。
もっとも、ドウコの話では、ここ数日はBBCインターナショナルにかじりつきで米大統領選を追っていたというから、この不機嫌な顔もポーズに違いないのだが。
「ほら、ロス、迎えに来たよ」
と声をかけると、ぷい、とそっぽを向く。
なんだよ今頃、俺は傷ついた、と全身で訴える。
その姿が、ペレットを制限されて傷ついた、と背中で訴える(うさぎの)アイオロスとそっくりで、思わず笑ってしまった。
「11月29日から5日間。南の島へ、ハネムーンに行こう。二人で一日中、のんびり過ごそう」
ここが肝要、言葉の選び方が大事だ。
本来、ハネムーンというのは挙式の後に行く旅行だが、そういう理屈はどうでも良い。
ここで、「リゾートに」などと言ってしまうと、「そんな海しかないところなんかつまらん」と、はなから相手にしてもらえない。
普通の男女カップルのように公然と仲良くしたい、というのが根底にあるのだから、それを匂わせる言葉でなくてはならないのだ。
かくして、そっぽを向いているアイオロスの眉がぴくりと動いた。
「……スパは?」
「あるよ。最近新婚旅行のカップルは二人で並んで受けるのが定番らしいよ。結婚式は色々と肩が凝ることが多いから。二人なら退屈しないし。」
「……なんか、俺の好きなものあるか?」
「さあ……綺麗な女性は多いかもしれないけれど、コテージは貸し切りを予約してしまったから、あまり会う機会はないかもしれないね。でも、そのかわり、コテージの中では一日好きなことが出来るよ。それこそ、海の中でも、テラスでも」
暗に旅の目的はそちらだ、という事をちらつかせると、漸く体ごとこちらを向いてくれた。
「ふーん? じゃあ、5日、ダウンしない自信があるんだ?」
「それは、君次第なんじゃないのか? 君がちゃんとペース配分を考えてくれればね。勿論、善処はするけれど」
「観光は?」
「マンタやイルカを見たり、スキューバーダイビングをしたり、という事は出来るけれど、君が心配している歴史的遺物は多分それほどはないよ。一日、のんびり。たまにはそういうのも良いだろう?」
観光資源がそれほどはないらしい、というところで、漸く安心したらしい。
アイオロスは、漸く、犬達の間から立ち上がった。
「じゃ、帰ろうか」
現金というかなんというか……。
……でも、こういう事でもなければ、5日も南の島で頭を休める事などないだろうから、矢張り、これで良いのかな(笑)。