そろそろ

あの部屋にアイオロス先輩が音を上げる頃だろうと思って、サガ先輩に電話してみた。


「寝室の改装、承りましょうか? 6人展も漸く終わったことですし」
「えっ、……改装って、どうして? 私はとても気に入っているよ?」
「でもアイオロス先輩は気に入っていないでしょう? ちょっと先輩をからかいたかっただけですから、もとから暫くしたらもう少しお好みのテイストにあわせるつもりだったんですが……」
電話の向こうのサガ先輩は、心底驚いた、といった様子だった。
「君は、本当にロスの事がよくわかるね……いや、私の好みもよく把握してくれているし、だから君にはお得意様が沢山ついているのだと思うけど」
「まあ、アイオロス先輩は、1年同じ屋根の下で暮らしましたからね。大体のことは分かりますが」
言っていて、自分で情けなくなった。ミロとロンドンで暮らしたのは3年ほどだが、生活の時間もバラバラでまともに顔を合わす事もなく過ごした3年よりは、自分の領地を主張して何かと衝突したアイオロス先輩とのパリでの1年の方が遥かに密度が高い。
パリへの留学が決まり、引っ越しが済んで1週間目に、先に院で留学していたアイオロス先輩とアイリッシュ・パブで落ち合った。その酒があまりよくなかったので、自宅で飲みなおしということになり、家で酔いつぶれたアイオロス先輩がそのまま居着いてしまったのだ。
人の家の電話を勝手に自室に引き込んで占領したり、冷蔵庫の半分以上を肉とビールで占拠したりと色々不都合もあったが、最後の方はもうそれにも慣れて、お互い何も言わなくても相手の機嫌から今日の予定まで大体わかるようになっていたし、食事代も酒代も折半の生活は決して悪くなかった。
アイオリアには、未だに「お前の方がよほど兄貴の弟らしい」とからかわれるくらいだ。
まあ、そんな調子なので、あの寝室にアイオロス先輩がどんな拒絶反応を示すか、大体想像はついていた。勿論それが狙いなので(盗聴の報復だ)、遠慮なくサガ先輩の好みに合わせたのだが。
流石に、1ヶ月も苛めれば十分だろう、と思って電話したのに、サガ先輩は柔らかく、しかし断固として言った。
「大丈夫だよ、ありがとう、カミュ。ロスは、私の好きなものは誰よりもよく知っているし、私はとてもこの寝室の空気が気に入っているんだ。とても落ち着くし、夜もよく眠れるようになったし……当分、私はこのままでいいと思っているよ?」
あの、上品な、にっこりとした微笑みが目に浮かんで、思わず言葉につまった。
あの笑顔には、アイオロス先輩はどうしたって勝てないに違いない。
………。
流石に、ちょっと(アイオロス先輩に)可哀想なことをしたかな?

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