とんでもない事をやらかしてしまった。
カミュの誕生日を当日になってキャンセルしてしまった……!
一週間くらい前に、カミュの誕生日に会えなくなったと電話したと思っていたのは夢だったのだろうか……?
という疑念が、カミュの誕生日当日にふつふつと湧いて、自分のその記憶の前後の状況を検証し、徐々にその状況が明確になるに従って俄然「夢」疑惑が強くなった。
そこで慌ててカミュの携帯に電話をしたら……案の定、当日キャンセルというあり得ない事を申し出るハメに落ち入って……!!
一瞬、電話の向こうのカミュの声は途切れ、食事だけでも作りに来てくれると申し出を断るのには本当に全身に汗をかいた。
申し訳なさと、酷い事をしているという自覚、これが自分ならどんなに悲しい思いをさせているかという推測、けれど、昨日の深夜にアパートに帰って来て、残りの仕事を片付けて、今日は一日音楽院に行かなければいけない。そして、明日は朝一番で今度はベニスに飛ぶ。
今会えば、どうしたってカミュを抱きたくなる。けれど、カミュを労って抱ける自信はない。その上、どう考えても時間が足りない。恐らく、明日のベニスへは寝ずに移動するしか無いだろう。
今の部屋の中は楽譜と資料が散らばっていて、とてもそれを仕舞って片付ける暇がない。どの譜面にも走り書きはもちろんの事、書き込みがしてあって、神経がそこから離れられない。片付ける、という事は、いったんはその作業にケリを着けるという事だ。けれど、とてもでは無いがそんな状態ではないのだ。
まだまだ煮たり無い。
カミュへ電話をした時は、俺自身が家を出る五分前で……。
ごめんという言葉を流せるだけ流して電話を切ってしまった。
ごめんというから許してもらえるとも、言われたからといって許さなければいけないわけでも無いのに……それ以外に言える言葉を探せなかった。
ずっと、カミュに隠し事をしている。
音楽院を怪我で中途に止めてから、建築の道へ進んだ。
ロンドンで建築の勉強をして、その間ドウコやシオンの整体に通い、動かないと思っていた、上がらなかった腕が、上がった。
その時、真っ先に考えた、頭に浮かんだ言葉は、「これで楽器が弾ける!」だった。
怪我をして楽器が弾けなくなった自分をカミュに知られるのが怖くて、半年も連絡をとれなくて、病院でいつカミュにバレるだろうと恐怖していた自分が、腕が上がって肩をまわす事が出来た瞬間、カミュの事もなにも無く、ただ楽器がまた弾けると、突然コンロから焔がボッと音を立てて噴出するようにその思いだけが膨れ上がった。
それからも、自分の中で沸き上がったその言葉は消える事無く、カミュの前では決して弾かなかったけれど、少しずつ楽器を弾くようになった。
カミュと別れ、日本に渡り、転々と住居を移し、やがてイタリアに帰り着き、そして一つ決めた事があった。
もう一度、途中だった音楽を始めよう。
建築の仕事をしながら学生に戻るのは半端な事ではないと承知していたけれど、諦めて何もしないより、吐いてもぶっ倒れてもやれる所までやってみたかった。
そしてカミュには、要らない心配や、中途半端な事をしていると思われるのが嫌で言わなかった。
カミュはすっぱりと音楽は趣味として割切り、今は照明の仕事をしている。
そして、建築という道を選んだオレとインテリアや照明構造・効果について議論できる事を少なからず楽しんでくれている。さらに、オレたちの間には、音楽という共通の言葉がある。
カミュは照明、オレは設計。カミュはピアノ、オレはバイオリン。フィールドは違うけれど、持っているものは常に一対一だった。
これまではそうだった。
それなのに、オレが今更未練がましく音楽を学び始めるなどという事は、カミュに対する裏切り行為のように思えた。
もちろん、音楽院に復学したのはカミュと復縁するずっと前の事だけれど……どうしても言えなかったのだ。
何故なら、オレはカミュを納得させるに足る「言葉」を持たないから。
プロになるのかと問われれば、それは無いと断言出来る。とても難しく、そんな甘い夢物語なんて眠っていたって見る事は無い。可能性はゼロだ。
それならば、何故学ぶのだと、教授陣はもとより自分自身でだって気違いじみた行為だと分かっている。
それでも、楽器を持てなくなってからも、一度研ぎすまされた音楽に対する矢尻は、少しも鈍ってはくれなかったのだ。
だったら、仕方がないじゃないか、と。
カミュも結局失って、イギリスからも離れ、母の故郷の土に独り立ち、切れるだけの人間関係も断ち切って、ただ一人の人間として地面の上に立った時、仕方がないじゃないかと、そう思った。理屈じゃない。言葉にできる理由も無い。
けれど、オレの人生だ。
普通じゃなくとも、狂気の沙汰だろうと、それでも、常識が生きている訳じゃない。
オレが、オレの一生を生きるのだ。
オレが納得出来ない人生を、どうやってこの先自分が歩いていけるだろうか?
その恐怖は、きっと大袈裟な比喩なのだろうけれど,「死」や「無」と同じくらい苦しく茫洋とした広大な恐怖だった。
どういう悪戯か、カミュと再び「恋人」として関係を続けていけるようになったけれど、それでもオレは、カミュに、悔しいけれど、きっと言葉では説明出来ない。オレは、カミュを納得させる術を持たない。
だから、最初から、言わない事にした。
これは、完全に自己満足の行為だから。
そして、なにより、ピリピリしながら仕事と学生と綱渡りしている様子をカミュには見せたく無かった。カミュが自分と居る時、他の誰と居る時よりもリラックスしていて、それを心地よく感じている事を身にしみて知っているから、そのカミュの時間を邪魔したくなかった。(と言えば聞こえはいいが、要はカミュにとってのオレの存在意義を薄れさせたく無かったのだ。音楽と仕事と四苦八苦しているのをカミュの前に曝してカミュに余計な気遣いをさせるようでは、カミュの居心地の良い場所になれないじゃないか? 折角再び手に出来ると思えなかったカミュが自分の側に居るのだ。もうカミュが離れて行くような可能性は少しでも減らしたかったのだ)
パブリックに上がる少し前からだ。自分の精神の中にマグマがあると気付いた。良くも悪くもそれはあまりにも激しく、剥き出しにすれば他人を傷付けながら、自らだけは自分の道を大地に刻み付けてしまう、周りの子供達の中には見られない桁外れの激しさだと自覚させられた。
自分の何がこんなにもエネルギーを生み出すのか分からない。けれど、自分と同じだけの激しさを、他人の中に認めた事は、二十歳を過ぎて数人のデザイナーや所謂「芸術家」と呼ばれるマエストロ達に出会うまで、お目にかかった事が無かった。
だから、パブリックに入ったとき、絶対にその一番自分の芯にある熱には蓋をして人前では開けるまい、と無意識にそして意識的に努力して来た。
アイオリア達が聞けばきっと「あれで押さえていたのか?」と呆れた顔をするだろうけれど(苦笑)。
けれど、断言出来る。オレの芯の部分は、アイオリア達が知るそれより、もっと鋭く激しく容赦がなく、そして敏感過ぎる。
自分でも持て余すその内の熱の塊を、けれどカミュにだけは、時々透かして見詰められているような気分にさせられた……。
そして、彼だけは異常に幼いままのオレの敏感さと、狂っているようなオレの激しさを受け止めようとしてくれた。否定せずに……。
それを、オレがどんなに嬉しく思ったかなど、カミュにはきっと分からないだろうけれど……。
今年は音楽院最後の年だ。
カミュに誤摩化してのんびりと会うにはあまりにも自体が逼迫してきた。
折角ロンドンから会いに来てくれるのに、オレが眉間に皺を寄せてキリキリしているのでは申し訳ない。かといって、カミュに会っている時には音楽の事を切り離せるかと言ったらそうじゃない。カミュに会う前に片付けられる仕事にも限度があって、どう頑張って間に合わない。
院で教授にもさんざん睨まれて来た分、それなりの結果を出して彼らを納得させたい。そういう欲もある。
自分でも、最近自分の感覚や意識が建築へ最小限の注意を割り割いた残りの全てが音楽に向かっているのがよく分かる。
それ以外の事が自分の意識から遠のく。
的を絞っている矢の先のように、見える的がどんどんと狭まりやがて中心へ向かう他にできなくなり、そしてそこへ向かって飛び込んでいくように、自分の意識が音楽に向かって速度を増す。
カミュが愛しい。カミュを愛してる。
けれど、その気持ちが抽象化したままにオレの音楽の中に内包されて、実物との関係性が途切れたまま飛んでいってしまうようで怖い。
歯を食いしばって、現実のカミュと自分の気持ちとを繋いだまま、未来に向かって矢が飛べるよう願う。
目を開けていても、深とした闇の中にいる。
その広大な暗闇の中に、自分と音楽だけがある。
自分と、音楽だけ……!
カミュをそこに入れる事すら出来ない自分の我が儘。
こんな時、自分にはカミュを「愛している」などと言う資格なんて無いんじゃないかと思う。(多分、実際そうなのだろう……)
一週間前、漸く去年のクリスマス・プレゼントとしてカミュにリクエストされたイザイの無伴奏を納得の出来る形で弾く事が出来るようになって、大学のスタジオで録音した。
昔は、少しでも自分が深く隠しているものが曝け出されてしまうような曲は決して他人には聞かせたく無かった。
けれど、最近になってそれが少しずつ変わって来た。
一度弾けなくなっていると、つい考える。
後、何年自由にこの楽器を弾く事が出来るだろうか、と。
もちろん、死ぬまで弾けるだろうけれど、技術や耳はどんどんと劣化していくのだ。
弾けるうちに、弾こう。
自分が、表現したいという音が出せるうちに、たくさん、たくさん、弾こう。
そうするしか、もう、後はする事が無い。
初めて、真摯に、心から柵を取り払って精魂を込めてカミュにこの無伴奏を弾いた。
これが、今の自分の演奏だと、静かに曝け出した。
後は、これをカミュが少しでも気に入ってくれたら良いのだけれど……。
(それにしても、当日キャンセルは痛かった……)
夜、モデル事務所から飛び込んで来たエキストラの仕事の打ち合わせに寄って、ベニスの後にその現場に飛ぶ事になった。家には帰らず、そのままフィレンツェの伯母の家に泊めてもらう。明日は軽くテスト・スチールと聞いている。たった一泊して早朝には出立してしまう薄情を、少し本気の入り交じった小言で避難されたが、沢山キスをして許してもらう。
映画の撮影現場というの初めてなので、少しわくわくする。(プロモーションビデオならあるのだけれど……)
表現者の我が儘集団の中に居る事は苦にならない。
彼らの集中も執着も理解出来るし、その中に居て自分の的に対する集中が乱される事もない。
そうやって、日常が遠くなる事こそ、今一番自分が恐れていることなのかもしれない。