ロスの不調から明けて一夜。
帰宅が遅くなり、電話で先に戻っていたアイオロスにロスの様子を尋ねる。週末にかけて天気は崩れる見通しで、外は雨が降り始めていた。
アイオロスは、相変わらずロスの元気がないこと、つい先刻、横倒しに寝転がり呼吸も荒い、と伝えてきた。他の二匹にはそんな様子はないという。
一瞬、悪い予感が脳裏を過ったが、まず落ち着け、と己に言い聞かせ、室内の気温と湿度を尋ねてみた。
気温、24℃。湿度は60%。
これは違う、と直感した。先週の日曜日、ロスが急に元気をなくした時は26℃だった。翌日、元気が出て来た時の気温は22℃。呼吸が荒いということは、24℃では病み上がりのロスには少しまだ気温が高すぎるのかも知れない。
すぐに、部屋の窓を開けて気温を下げるよう頼んだ。外気温は9℃で、雨も降っている。気温が下がれば相対的に湿度も下がる。温められた室内は、毛皮を着ているウサギにとってはむっとして居心地が悪い状態に違いない。
暫くして、またアイオロスから電話があり、どうやら調子を取り戻したようだ、と報告があった。問題は、昨晩から殆ど何も食べていないことだ。もっとも、昨夜は強制給餌をしたから胃が空ということではないが、アイオロスが押し込んだのはシリンジ1本分で、絶対量が足りない。
結局、残りの仕事は家でやることにして、早々に帰宅した。
戻ってすぐ、ロスを捕まえてお腹の張りを調べる。そこで、不思議なものに手が触れた。
……これは……
鳩尾左側に、玉??
鳩尾左の下に、昨日までなかった固い玉のようなしこりを感じるのだ。
ふと、童虎に教えてもらった「癇癪玉」の話を思い出す。
ここにしこりが出来るのは、何か気に入らない事があってそれが固まっているからで、それを解せれば体も緩む、と。
……ウサギでも癇癪を溜め込む事があるんだろうか??
昨夜、殆ど強引に流し込んだ餌の事を思い出す。普段は私がやっていたのだが、昨夜はどうにも暴れて、見かねたアイオロスが給餌した。
したのだが……
どうにも頑固に頚を振って逃れようとするロスに、アイオロスの方が遂に忍耐の尾を切らした。
アイオロスの叱り声にロスは硬直し、目玉をむき出した。明らかに、反抗ではなく恐怖の表情だ。まずい、と思ったが、構わずアイオロスは口にシリンジを突っ込み、普段より早いスピードで餌をねじ込んでしまった。
硬直したロスは、口に押し込まれた餌を噛まずに、丸呑みしている。
いや、もともと粉状の餌を更にすり鉢で粉砕してから湯でふやかしているので、丸呑みでもさして問題はないのだが……
問題は、それで胃がちゃんと働いてくれるかどうかで……(汗)
今朝になって、一応糞はしていたから、全く働かなかったわけではないのだろうが、その後の食欲を見れば胃腸が正しく動いていない事は明らかだ。
暫くその玉に気を通していると、漸く腹部の強張りが抜け、ロスは私の手をすりぬけて牧草の山へ近づいていった。側には青草もあるのだが、こういう時には牧草以外見向きもしない。結局深夜までに結構な量の牧草を平らげ、ヘイキューブも二つあったうちの一つは完食した。
感情の塊なるものは、本来人間のような複雑な精神構造をもつ生き物に特有なものであるだろうから、左鴟尾の玉は単純に消化不良の所為であったかも知れない。
だが、ことロスの話となると、何となく、それだけではない、という気もする。ウサギだって、嫌な事を無理矢理にされれば鴟尾が固まるのかもしれない、と。
そう思うと、小さなウサギの体が俄然面白くなってくる。人間は昨日の不快を覚えていて、少々鴟尾に手を当てたくらいでは許してはくれないだろうが、ウサギはその辺実に素直で、すぐに反応が表れるのだ。
もっとも、そんな事を面白がれるようになったのも、回復してくれたからこそだが……
結局、本日の強制給餌はやめにした。ペレットは未だにあまり食べないものの、牧草を食べる量が増えている事と、昨日ほどロスから弱々しい感じを受けなかったからだ。
頚の傾きは、ちょっと見たくらいでは異常が在った事が分からないくらい正常に戻った。多くの事例で、傾きだけは治らず後遺症として残ってしまう事を考えると、本当に良かったと思う。寄生虫はどれだけ駆除できているか分からないが、薬が効いたということは、大繁殖はとりあえず抑えられたということだ。そうすると、強い薬を使い続ける事に、少し懸念が生じる。それで、結局、本日からalbendazoleをやめてoxibendazoleに切り替えることにした。ドクターはどちらでも構わないと言っていたし、今日変更すれば週末じっくり様子を見る事が出来るからだ。
oxibendazoleは馬に与える事を念頭に準備されているのか、3mlシリンジに充填された状態で渡された。これを、一日0.1ml与えろ、とのこと。
0.1mlをひねり出すのはそう簡単ではないが、量が少ないのでバナナなどに塗って与えれば無理矢理口に押し込まなくてもいいのが有難い。
もうひとつ、強制給餌をしないので、一応消化を助ける薬を舐めさせておくことにした。明日はきちんと食べてもらわないと困るからだ。
今日で、発症から一週間。
まだ食欲が完全に戻っていないので気は抜けないが、峠は完全に超えたようだ。