もう、何がなんだか……(涙)

プチの妊娠騒ぎからわずか二日。
今度は、えせるが急患で病院に……(涙)


異変に気付いたのは朝だった。
朝食のペレットの音をさせても、ケージの隅にうずくまったままぴくりともしない。
「えせる?」
と呼んでも、目を細くして眠ったようにじっとしている。
そして、あれほどトイレの躾はしっかりしているえせるが、床に大量の尿を零しているのに気付いた。
他の二匹がペレットを咀嚼する音が聞こえているのに、見向きもしない。
明らかに、異常事態だった。
急ぎトイレを片付けて草を新しくし、童虎に教えてもらった愉気法を試みた。
最初は、悪い箇所などないように思えた。得に冷えているところもない。けれど、少し気をあてれば常なら動き出すはずの腸が動かない。
まず、鳩尾を緩める。それから、ゆっくり、腸の方へ蠕動の動きを助ける。
けれど、今日はその蠕動の気配すら感じられない。
胃の丁度反対側にある背骨の両脇を探る。ここに凝りがあると、胃が動かないからだ。
背骨に沿って指を当てていくと、何故か、ふと手がとまる場所がある。そこに、気を通す。
三十分ほど、鳩尾と背骨の両脇に愉気しつづけた頃、漸く、えせるが体を捻り始めた。
体を捻るのは、活元運動の現れだ。いつもなら、これが出れば、そのうちに少しずつ胃が蠕動を始める。そうして胃が動けば、腸も動く。
けれど、今日はそれでも動かなかった。
何が悪かったのか。昨日はペレットも食べていたし、夜中には高くジャンプして遊んでいた。
ふんも、特別大きくはないが、それなりにしていたのだ。
昨日、普段と違っていたことといえば、プチと一房ずつやったはずのブロッコリーを、目を放したすきにプチから取り上げて二房食べてしまったことくらいだ。野菜を食べ過ぎると下痢をすることはあるが、これは、むしろふんづまりの状態に近い。
まさか、農薬がきちんと洗い流せていなくて、中毒したのでは……
その可能性に思い当たって、ぞっとした。
中毒なら、肝臓と腎臓。両方とも、背中側に位置する。ウサギの腎臓は、背中側に左右少しずれてある。肝臓は背中からみて左寄り。
その周辺を集中的に愉気すると、少しずつ背中側の緊張が解けて来た。ようやくべたんと腹をつけて足を伸ばすようになったので、手を腰の方に下ろし、全く動いていないと見える腸のあたりに背中から愉気をした。
そうすると、今度は、あきらかな冷えがわかる。つまり先刻は、気も通らないほど、硬直しきってしまっていたということだ。
ここが冷えているということは、矢張り中毒ではなく、腸が動かないのが原因ということだ。
今年は換毛が例年より派手だったので、処理しきれない量の毛を飲み込んでしまったのかも知れない。
一度冷えが分かればそれを追えばよいので、そこに気を集めると、えせるがぶるぶると身震いして逃げた。
人間でもそうだが、動きの悪い器官を動かそうとするときには、痛みを伴うことがある。
腸の停滞で起こる腹痛は、実は動き始める直前が一番痛い。が、それを乗り越えないと、腸の動きが回復して来ない。痛ければ、整体の知識などなくとも、勝手にその部分に気が集まるから、それは生物の防衛本能なのだと、童虎に教わった。
痛いのなら、愉気を繰り返せば、なんとか腸が動き出すかもしれない、と思ったが、四時間かけて丁寧に愉気しても腸は動いてこない。ただ、辛そうにうずくまっていたのが、自分で水を飲みいくようにはなったので、これをあと五、六時間も続ければ徐々に回復するのかもしれないが……
とにかく、ペレットも草も全く食べないという状態では、様子見も既に限界だった。
ウサギは、常時胃腸を動かしていないと、腸内の細菌のバランスが崩れる。腸が動き出した頃には、既に悪性菌が盲腸内で異常発酵してしまっているかも知れない。
それに、少し元気を取り戻したように見える今なら、車で移動しても大丈夫だろう……。
仕方なく、世話になっている大学病院へ、急患で連れて行った。
初めて見る男性の先生が対応して下さった。名前だけは、最初から知っていたエキゾチックアニマル専門のもう一人の先生だ。
ドクターは、えせるを見て、「まだ元気があるうちに連れてきてよかった」と笑った。
「少し毛が胃に溜まっているようですが、それほど酷くはありません。この段階なら、輸液治療と薬で90%は回復します。それで様子を見て、二十四時間経っても回復しなかったら、明日また連れて来て下さい」
そうして、なんと長さ十センチ、直径4センチほどもある注射器2本を持って来た。
学生二人が一本ずつ持って来て、そのうちの一本には長い管と針がついている。
思わず、絶句した……。
全部で120ml。それを、体重わずか2kg弱のエセルに?!
「注射するけど、見ていても大丈夫ですか?」
ドクターが、ふと顔を上げて、私を見た。
「え?」
何を聞かれたのか一瞬分からず、言葉につまると、
「皮下注射なので、液で皮膚がボールみたいに膨らんでコブができるんですよ。一日で体内に吸収されるんですが、見たくないという方もおられるので」
思わず絶句した……。
それは、そうだろう……あの小さな体に、120mlも皮下注射すればそうなるに決まっている。
思わず、痛くはないんですか、と口走りそうになったが、痛かろうがそれが一番「conservative」な方法だというのだから仕方がない。
大丈夫だ、と返答した。
ドクターは器用にえせるを抱え込み、学生に「猫と同じ要領だから」と伝えて注射させた。
結構な勢いで流し込んでいるようだが、特に暴れたそうな素振りを見せないところをみると、痛くはないのだろうか?
ものの30秒ほどで120mlを流し込み、自由になったえせるは体の脇腹に風船をかかえているような状態になってしまった。
「コブはあちこちに動いたりしますが、半日もすれば殆ど目立たなくなります。いや、そういう勢いで吸収される、というのは、驚きなんですけどね」
そして、飲み薬を処方するから、少しここで待っていてくれ、と残して、学生と共に出ていった。
えせるは、流石に、小刻みに震えているようだ。
こんなに液体を入れても大丈夫なのか、腎臓がおかしくなるんじゃないか、と不安で、待ち時間の間ひたすら愉気をしていたが、十分ほどすると落ち着いたらしい。特に、痛そうな素振りも見せない。
後で調べると、この液体はただの栄養剤のようなもので、特に腸の働きを助けるというものではなかった。しかし、(人間でもそうだが)胃腸が動かないと、内容物から過剰に水分が吸収され、胃腸内容物が脱水状態になる。えせるがまず水から飲み始めたのはそれを解消するためだろうが、そこまで脱水すると経口摂取では足りないのだろう。
が、皮下注射すれば、水は消化管を通って排泄という道を辿らざるを得なくなり、結果として水分が胃腸内に集まってくることになる。朝から何も食べていないので、栄養の補給と水分の補給をして、あとは腸を動かす薬を飲ませて様子を見る、ということであるらしかった。

右側に見えるコブが輸液のコブ。
家に戻ると、えせるは少し元気になってペレットや牧草にも興味を示した。数時間で、胃腸の動く音が聞こえ始め、小さいながら漸くふんもした。
帰宅から8時間が経過したが、現在のところ、ニンジンやオレンジジュースはすぐに完食し、少しずつだがペレットや草も食べている。
まだ少し輸液が残っているようなので、明日の朝にどうなっているか、注意が必要だろう。
それにしても。
一週間で、急患が二度も……!
流石に、職場への報告に戸惑った……(溜息)。
ロスがいれば、二人で分担できるのだけれど。
特にこういう事が起こると、一人では色々と心細い。
日曜日には、アイオロスが出張から戻って来る。
ロス、頼むから寄り道しないで早く帰って来てくれ……!

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